Hot Hot Heat

 

 最近はとっても寒くなってきたのでもっぱらHot Hot Heatのアルバムを聞き返している。カナダ、ブリティッシュコロンビア州にあるビクトリア*1という都市出身のバンドで、5枚のアルバムを出し、バンドとしての使命を終えたようにして解散した。

 

 チープな音、渋滞を起こす各パート、ひねくれたボーカル、そしてなによりリズミカルで耳に残るメロディーを特徴とするバンドで、上記の要素はぜんぶ僕が大好きな要素なのでした。とくにメロディーメーカーとしての力は頭一つ抜けるところがあって、1枚目や2枚目のアルバムはメロディーの良さでずっと聴きつづけることができる。

 

 音楽としての完成度、深みを増していく、という形で向上していくことは程度の差はあれ音楽家はだれにでもできることだとは思うのだけど、親しまれる良いメロディーを作る能力というのはひょっとしたらそういう、向上できる能力とは別のものではないのか、と思うことがある。メロディーメーカーは生まれながらのメロディーメーカーで、それも残弾が決まっている。メロディーは撃ち尽くしたら終わりで、補充はできないのだ。この時期のHot Hot Heatは惜しげもなくそのポップな弾丸を打ちまくっている。

 

 思い浮かぶメロディーをその良さに任せて撃ちまくっていたファーストアルバム期を経て、この曲の時期になると、メロディーをしっかりと演出した端正な名曲が次々と聞ける。このバンドのパンク感が好きだったひとはひょっとすると物足りなく感じたかもしれないけれど、これはこれでよいものです。

 

 曲は3:15ごろからはじまる。その他の種類のバンドと違って、ポップセンスを頼りにしているバンドは進化し続けなければならないという宿命がある。耳に心地が良い、という曲だけを何年も何年も繰り返していくわけにはいかない、本人たちが納得いかないのでしょう、きっと。キャリアの終盤ではこの曲のような、ひねくれ度が増した、しかし根底のところでは突き抜けるほどポップな佳曲をいくつも作った。

 

 そんなHot Hot Heatのなかでもうほんとうに生理的に大好きな曲がこちら。きらきらと渋滞したチープな音に宿る聖性、ダサさの極まりないMVがそれを引き立てている。サビの「はーもにかずあんたんばりーん」の節の乗りかたも本当に好き。この曲に限らず、ほんとうに、ダサいものに神が宿った瞬間がとても大好きなのでした。

*1:州都である。有名なバンクーバーという都市がある州ではあるが、州都はこちららしい。

医者でミュージシャン、Henrik Widegren

 

医療やヘルスケアに関する曲を世界は必要としているだろうか? たぶんそんなことはないだろう。でもとにかく、私はそういう曲を書く

Henrik Widegren

 

 Henrik Widegrenは耳鼻咽喉科の医者であり、医療にまつわる曲を作るミュージシャンである。とはいっても、国家試験で出てくる内容を語呂合わせで覚える、というようなものではない。

 

 

If you google “cough” and “diagnosis”
You have got tuberculosis
And if you google “fever and red”
You’ve got Ebola and soon will be dead

 

「咳」「病名」でググれば
お前は結核だ、と言われる
そして「熱と発赤」でググれば
お前はエボラ出血熱、すぐ死ぬ

 まずはこの曲「絶対症状でググるな」は、医者目線のちょっとちくりとした風刺の歌である。医者にかかるまえになんとなく自分の症状をグーグルで調べてしまって、自分を深刻な病気だと勘違いしてしまうという、医療にまつわるあるあるネタをユーモラスに歌っている。

 


 It's Always Good to Have a Stethoscope(聴診器はよいものだ)では以下のように、聴診器をもっているとこんなにいいことがある!という医者の本音が、ゴキゲンなトラックに乗せて歌われている。

 

You can listen to the beating of the heart
You can hear all the murmurs of the valves
You can hear the air in the lungs
And all the bubbly stomach sounds
It’s always good to have a stethoscope

 

心臓の鼓動が聞こえる
弁膜のささやきが聞こえる
肺のなかの空気が聞こえる
そしてお腹の立てる陽気な音すべてが!
聴診器はよいものだ

 

A stethoscope, a stethoscope
It’s always good to have a stethoscope

 

聴診器! 聴診器!
聴診器はよいものだ!

 

 A Statistically Significant Love Song(統計的に有意ラブソング)。それぞれの曲もオリジナリティはないのだと思うが(べつに必要ない)、その分、オリジナリティを捨てたものだけが出せる暴力的な完成度に至っている。

 

Today. I found my love today
Everybody says they knew long ago
But I am not that way
I demand evidence before I say I know
Finally it came to me: My theory’s confirmed
In all my experiments I have seen a trend
The null hypothesis is not at all sustained
It’s very likely
That you are more than a friend

 

今日、今日僕は愛を見つけた
みんなは昔から知ってたっていうけど
僕は違うんだ
僕にはそのまえに証明が必要だ
そしてそれが得られた、僕の理論が確証された
全実験で同じ傾向がみられた
帰無仮説は完全に棄却された
君は友達以上だということが
とても確からし

 

I love you more than the median
I am certain cause the p-value is 0.01
Our love is blessed by a t-test
I can prove to you
I love you

 

君を愛している 中央値よりね
確信しているよ p値が0.01だから
僕らの愛は祝福されている t検定にね
君に証明できるよ
愛している

 ぎりぎり許せるくらい陳腐なポップさ。バズる覚悟ができていて潔い。どうなるかはわからないが、ひょっとしたらそのうちけっこう人気者になって、めざましテレビで取り上げられるくらいはあるかもしれない。

 

 公式チャンネルはこちら。ほかにもいくつかの医者ソングがアップロードされていて、驚くべきことにそのうちのいくつかには日本語字幕がついている。専門用語を除けばあまり難しい英語ではなく、発音もとても聞き取りやすいので、医学部を目指す高校生の英語の授業とかでも使えるのではないか。ここを見ている全国の英語の先生の皆さん、教材にいかかでしょうか?

ノーベル文学賞をどれくらい読んでいるのか? 5

 

過去

 

2000年代​
肖像 受賞者 国籍 ジャンル 備考
2000年 Gao Xingjian.jpg 高行健 フランスの旗 フランス 小説・戯曲 華人初の受賞者
フランスに亡命
2001年 VS Naipaul 2016 Dhaka.jpg V・S・ナイポール イギリスの旗 イギリス 小説  
2002年 Kertész Imre cropped.jpg ケルテース・イムレ  ハンガリー 小説 ハンガリー人初の受賞者
2003年 J.M. Coetzee.JPG J・M・クッツェー  南アフリカ共和国 小説 南アフリカ人として2人目の受賞者
英語での著作
2004年 Elfriede jelinek 2004 small.jpg エルフリーデ・イェリネク  オーストリア 小説・戯曲 オーストリア人初の受賞者
2005年 Pinterfoto cropped.jpg ハロルド・ピンター イギリスの旗 イギリス 戯曲  
2006年 Orhan Pamuk 2009 Shankbone.jpg オルハン・パムク トルコの旗 トルコ 小説 トルコ人初の受賞者
2007年 Doris Lessing 3.jpg ドリス・レッシング イギリスの旗 イギリス 小説 ノーベル文学賞最年長受賞者(88歳)
2008年 Jean-Marie Gustave Le Clézio-press conference Dec 06th, 2008-2.jpg ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ フランスの旗 フランス 小説  
2009年 Herta Muller.jpg ヘルタ・ミュラー ドイツの旗 ドイツ 小説  

 世紀をまたいで2000年代。現代が近づいてきた。このあたりになってくると、まったく名前を聞いたことのないひとというのがさすがにいなくなってくる。読んだことがあるのはV・S・ナイポールJ・M・クッツェーオルハン・パムクの3名だ。これで23名。

 

雪〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)

雪〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)

 

 このなかでいちばん好きなのはオルハン・パムクなんだけれども、オルハン・パムクには苦いエピソードがある。昔下北沢で髪を切ったあと、かなりかっこよくなったのでなにかして帰ろうと思って近くにあったトルコ料理屋さんに入った。そこの店主さんはかなり話好きで、僕が飯を食っていると、頼んではいないが勝手に自分のパソコンを取り出してYoutubeの動画を見せながらトルコの文化について長々と講義をはじめた。

 まあそこまでされるとこちらもなにかトルコについて知っていることを話さないとな、と思って、そういえばトルコの作家が好きなんですよ、ノーベル賞も持ってるんですけど、オルハン・パムクっていう……、という話を切り出したところ、さっきまで優しかった店主の態度が変わった。

 「オルハン・パムクはダメ。あんなやつ国中から嫌われている。あいつを好きなトルコ人はいないね」

 話を聞くと、パムクはまあ左派の知識人らしく、クルド人側の立場に立った発言をした結果、トルコのナショナリストからはかなり嫌われているようであった。そのあとは食べ終わってお暇を告げるまでずっと店主の濃密なクルド人disに付き合わされる羽目になってしまった。

 

2010年代
肖像 受賞者 国籍 ジャンル 備考
2010年 Vargas Llosa Madrid 2012.jpg マリオ・バルガス=リョサ ペルーの旗 ペルー 小説 ペルー人初の受賞者
2011年 Transtroemer.jpg トーマス・トランストロンメル  スウェーデン  
2012年 MoYan Hamburg 2008.jpg 莫言 中華人民共和国の旗 中国 小説 華人として2人目の受賞者
中国籍の作家としては初の受賞者
2013年 Alice Munro.jpg アリス・マンロー カナダの旗 カナダ 小説 カナダ人初の受賞者
英語での著作
2014年 Patrick Modiano 6 dec 2014 - 22.jpg パトリック・モディアノ フランスの旗 フランス 小説  
2015年 Swetlana Alexandrowna Alexijewitsch.jpg スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ  ベラルーシ ノンフィクション ベラルーシ人初の受賞者
ジャーナリストとして初の受賞者
ロシア語での著作
2016年 Bob Dylan - Azkena Rock Festival 2010 2.jpg ボブ・ディラン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 シンガーソングライターとして初の受賞者
2017年 Kazuo Ishiguro by Kubik.JPG カズオ・イシグロ イギリスの旗 イギリス 小説 日系人として初の受賞者
2018年 Olga Tokarczuk (2018).jpg オルガ・トカルチュク ポーランドの旗 ポーランド 小説 セクハラ問題(先述)による混乱のため、翌年に2018年の受賞者として決定[21][22]
2019年 Peter-handke.jpg ペーター・ハントケ  オーストリア 小説・戯曲 オーストリア人として2人目の受賞者
2018年の受賞者と同時に発表

 トランストロンメルだけはさすがに「誰…」という感じなのですが、ほかは海外文学ファンにはおなじみの名前。読んだことがあるのはパトリック・モディアノカズオ・イシグロである。

 ボブ・ディランは非常に扱いが難しいのですが、まあアルバムを聞いたことはあるので、カウントに含めることにしたい。

 

RESULTS

1903年 ラビンドラナト・タゴール

1923年 ウィリアム・バトラー・イェイツ

1946年 ヘルマン・ヘッセ

1948年 T・S・エリオット

1950年 バートランド・ラッセル

1954年 アーネスト・ヘミングウェイ

1957年 アルベール・カミュ

1958年 ボリス・L・パステルナーク

1959年 サルヴァトーレ・クァジモド

1968年 川端康成

1980年 チェスワフ・ミウォシュ

1981年 エリアス・カネッティ

1982年 ガブリエル・ガルシア=マルケス

1989年 カミーロ・ホセ・セラ

1990年 オクタビオ・パス

1993年 トニ・モリスン

1994年 大江健三郎

1996年 ヴィスワヴァ・シンボルスカ

1998年 ジョゼ・サラマーゴ

1999年 ギュンター・グラス

2001年 V・S・ナイポール

2003年 J・M・クッツェー

2006年 オルハン・パムク

2014年 パトリック・モディアノ

2016年 ボブ・ディラン

2017年 カズオ・イシグロ

計26名

 

 人生は続くし、ノーベル賞は追加されるペースも早くない。すこしずつこれも増やしていけたらいいですね。

好きなポケモン

 

 ポケットモンスターの新作が発売されるたびにストーリーのネタバレとか仕様の変更一覧とかその他関連記事を熟読して楽しんでいる。ポケモンという巨大で息の長いコンテンツが、数年に一度訪れる最新作に際して、自身にどのようなマイナーチェンジを施しているのか、あるいはどこを変わらない強みととらえて保持しているのか、それに対してファンダムはどのような反応を返しているのか、対戦環境などはどのように変化していく見込みなのか、そういうことを調べるのがとても好きなのである。

 

 しかしそういうへんな興味を抜きにしても、もちろんふつうにポケモンは大好きなので、好きなポケモンというのがいる。もし僕がポケモンの世界に生まれたらぜひ一緒に冒険がしたい、ラブリーなポケモンたちを3匹セレクトしたので、ぜひ見ていってほしい。

 

1匹目:相棒ポジション

ネンドール

 サトシでいうピカチュウ、ダイゴでいうメタグロスみたいな相棒ポジションにはぜひこのポケモンを連れたい。僕ははじめて見たときからこのポケモンが本当に好きだった。目がひとつおきに点と線になっていて、線のほうは眠っているように見えるのがかわいい。おそらく外敵を警戒して交互に睡眠をとっているのであろう。

 あと軸がちょっと傾いているのもかわいい。宙に浮いているので、たぶん軸に沿って回したら簡単に回転するのではないか。冒険していて足が疲れたら切り株に座って、目の前に浮いているネンドールを地球儀みたいに回して、それをながめつつひとやすみがしたい。

 

2匹目:戦いで頼りになるアタッカー

レアコイル

 その目が好きなだけでは? という感じがするんだけど本当にそのとおりだと思う。コイルもかわいくて好きなんですが、レアコイルは単純計算でコイルの3倍かわいいので選ばない理由はない。

 調べてみると特攻の種族値が120あるので、そこまで弱いポケモンでもなさそう。

 

れんけつするとき 3びきのコイルののうも ひとつに れんけつする。 3ばい かしこくなりは しない。

 ちなみに図鑑の説明文がこちら。頭の良さというのが、脳神経細胞の効率のいい連結というところと関係が深いことを考えると、3倍かしこくならないというのには納得感がある。

 

 中国語では「三合一磁怪」と呼ぶらしい。物語の中盤くらいに出てきそうな、弱すぎるわけでもないけど、適度にスキがあってまあ強敵でもない、くらいの絶妙な敵妖怪感があって良い。

 

3匹目:旅のマスコット

オムナイト

 オムナイトもそのビジュアルが非常に好みである。進化するとそうでもなくなってしまうので、ぜひそのまま育てていきたい。

 性格は引っ込み思案なかんじだとなおよい。ほかのレアコイルとかネンドールがそばにいる場面だとなかなか殻のなかから出てきてくれなくて、周りにほかのポケモンがおらず、かつ気が向いたときだけ出てくる感じだとうれしい。で、10本の足で腕とか肩とかにしがみついてくれて、そのまま山道を歩いたりするんだけど、僕が構おうとすると引っ込んでいく感じだったら完璧ではないか。

 レベルが上がったり、強い技を覚えたりする必要はない。育たなくてもいい。化石から復元されたばかりの、いつまでもLv5のありのままのオムナイトでいればいいのではないか、みたいなことを旅のなかでふと思う回みたいなのがあってほしい。

短歌

 

失くしたと言われてあげたライターもどうせ失くすのだろう いいけど

 

 

恋文の練習中に家猫が僕に興味を示してやまない

 

 

グランドに雲がつくった影のなか体操服の僕らは憩う

 

 

夕暮れのバス停きみは魔女まずは奨学金の呪いを解いて?

 

 

日本酒が届き僕らは雨の日の落ち葉のように親密でいる

 

 

テーブルに酒をこぼせば指をつけ舐めるあなたと同棲前夜

ノーベル文学賞をどれくらい読んでいるのか? 4

 

過去


1970年代
肖像 受賞者 国籍 ジャンル 備考
1970年 Aleksandr Solzhenitsyn 1974crop.jpg アレクサンドル・ソルジェニーツィン ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 小説  
1971年 Pablo Neruda.jpg パブロ・ネルーダ  チリ チリ人として2人目の受賞者
1972年 Bundesarchiv B 145 Bild-F062164-0004, Bonn, Heinrich Böll.jpg ハインリヒ・ベル 西ドイツの旗 西ドイツ 小説  
1973年 Patrick White 1973.jpg パトリック・ホワイト オーストラリアの旗 オーストラリア 小説 オーストラリア人初の受賞者
1974年 Eyvind.JPG エイヴィンド・ユーンソン  スウェーデン 小説 ハリー・マーティンソンと共に受賞
Harry Martinson 001.tiff ハリー・マーティンソン  スウェーデン エイヴィンド・ユーンソンと共に受賞
1975年 Eugenio Montale.jpg エウジェーニオ・モンターレ イタリアの旗 イタリア  
1976年   ソール・ベロー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 小説  
1977年 Vicentealeixandre.jpg ビセンテ・アレイクサンドレ スペインの旗 スペイン  
1978年 Isaac Bashevis Singer (upright).jpg アイザック・バシェヴィス・シンガー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 小説 イディッシュ語での著作
1979年 Odysseas Elytis 1974.jpg オデッセアス・エリティス ギリシャの旗 ギリシャ ギリシャ人として2人目の受賞者

 1970年代は厳しい。やっぱりノーベル賞なだけあって、ソルジェニーツィンネルーダ、ソール・ベローといった重要な作家がならんでいるが、重要な作家ほど読みにくいのは世の常である。ぜんぜん知らない名前も当然のようにある。

 この世代に知っている作家はいないし、直近で読んでみようという気になる作家もいない。これまでのところ、読んでいるノーベル賞作家は10名で据え置きである。

 

1980年代​
肖像 受賞者 国籍 ジャンル 備考
1980年 Czeslaw Milosz 3 ap.tif チェスワフ・ミウォシュ ポーランドの旗 ポーランド人民共和国 ポーランド人として3人目の受賞者
1981年 Elias Canetti 2.jpg エリアス・カネッティ ブルガリアの旗 ブルガリア 小説 ブルガリア人初の受賞者
ドイツ語での著作
1982年 Gabriel Garcia Marquez.jpg ガブリエル・ガルシア=マルケス  コロンビア 小説 コロンビア人初の受賞者
1983年 William Golding 1983.jpg ウィリアム・ゴールディング イギリスの旗 イギリス 小説  
1984年 Jaroslav Seifert 1981 foto Hana Hamplová.jpg ヤロスラフ・サイフェルト チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア チェコ人初の受賞者
チェコ語での著作
1985年 Claude Simon 1967.jpg クロード・シモン フランスの旗 フランス 小説  
1986年 WoleSoyinka2015.jpg ウォーレ・ショインカ ナイジェリアの旗 ナイジェリア 戯曲 英語での著作。ナイジェリア人初の受賞者
アフリカ人初の受賞者
黒人初の受賞者
アメリカに亡命
1987年 Joseph Brodsky 1988.jpg ヨシフ・ブロツキー ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦  
1988年 Necip Mahfuz.jpg ナギーブ・マフフーズ  エジプト 小説 エジプト人初の受賞者
アラブ圏初の受賞者
1989年 Camilo José Cela Madrid 1996.jpg カミーロ・ホセ・セラ スペインの旗 スペイン 小説

 順にみていこう。1980年のチェスワフ・ミウォシュはなんと読んだことがあるんですね。名前に聞き覚えがあって、個人的な読書メモを検索してみたら『世界 ポエマ・ナイヴネ』という本を読んでいた。たしかに読んだ記憶がある。まさかノーベル賞を取っているくらい偉い人だったとは…。

 1981年のエリアス・カネッティは『マラケシュの声』という旅行記(?)のような本を読んだ。82年のガルシア=マルケスは『百年の孤独』他いくつかの作品を読んでいる。そこから先は読んだことのないひとが続く。89年のカミーロ・ホセ・セラは『サッカーと11の寓話』を読んでいた。これはノーベル賞作家の正直手遊びみたいな本で、カウントするのに若干のためらいはあるが、一冊は一冊である。これで14名。

 

1990年代
肖像 受賞者 国籍 ジャンル 備考
1990年 Paz0.jpg オクタビオ・パス メキシコの旗 メキシコ 詩・評論 メキシコ人初の受賞者
1991年 Nadine Gordimer 01.JPG ナディン・ゴーディマー 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国 小説 南アフリカ人初の受賞者
英語での著作
1992年 Derek Walcott.jpg デレック・ウォルコット セントルシアの旗 セントルシア セントルシア人初の受賞者
カリブ海諸国初の受賞者
1993年 ToniMorrison WestPointLecture 2013.jpg トニ・モリソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 小説  
1994年 Paris - Salon du livre 2012 - Kenzaburō Ōe - 003.jpg 大江健三郎 日本の旗 日本 小説 日本人として2人目の受賞者
1995年 Seamus Heaney Photograph Edit.jpg シェイマス・ヒーニー アイルランドの旗 アイルランド 英語での著作
1996年 Wisława Szymborska 2009.10.23 (1).jpg ヴィスワヴァ・シンボルスカ ポーランドの旗 ポーランド  
1997年 Dario Fo-Cesena.jpg ダリオ・フォ イタリアの旗 イタリア 戯曲  
1998年 JSJoseSaramago.jpg ジョゼ・サラマーゴ ポルトガルの旗 ポルトガル 小説 ポルトガル人初の受賞者
1999年 Günter Grass, 2004.jpg ギュンター・グラス ドイツの旗 ドイツ 小説  

 さっき一冊は一冊だと書いたが、これが逆に効いてくる。1991年のナディン・ゴーディマーはアンソロジーで読んだことがあるのだが、今回は一冊読み切ったものを対象とすることにする。もったいない。

 ただそれを除いても、オクタビオ・パス、トニ・モリスン、大江健三郎ヴィスワヴァ・シンボルスカジョゼ・サラマーゴギュンター・グラスの著作は読んでいて、めずらしくどれも大好きである。これで20名だ。

 

白の闇 新装版

白の闇 新装版

 

ある男が、突然失明した。それは原因不明のまま次々と周囲に伝染していった。事態を重く見た政府は、感染患者を隔離しはじめる。介助者のいない収容所のなかで人々は秩序を失い、やがて汚辱の世界にまみれていく。しかし、そこにはたったひとりだけ目が見える女性が紛れ込んでいた……。

 

 ひとりの一冊を薦めるとしたらジョゼ・サラマーゴの『白の闇』でしょう。これはもう文学賞とかそれ以前にシンプルに読み物として面白い。

 

次回

セックスは最後まで残る~桜木紫乃『ホテルローヤル』~

 

 桜木紫乃さんという作家がいて、とにかく名前が爆裂かっこいいので非常に印象に残っていた。桜と紫というかっこよすぎる色の対比、桜~木~紫とボタニカルな漢字が一貫して続くことで生じている均整の取れた感、そして最後は乃という意味はとくにないけど形がかっこいい漢字で締める。完璧じゃないか。

 

 はじめて名前を見たのはたしか恩田陸が『夢違』というこれもまたかっこいい名前の小説で直木賞にノミネートされた回だったと思う。そのときの桜木紫乃の候補作は『ラブレス』だった。桜木紫乃『ラブレス』、かっこよすぎる~~、と思っていつか読もうと思っていたが、どうもこの方、大人の男女の生活と性の話をしっとりと書くタイプの作家らしく、当時の僕は大人ではなかったし、生活にも性にもしっとりにもまったく興味がなかった。

 

ホテルローヤル (集英社文庫)

ホテルローヤル (集英社文庫)

 

 しかしどんなひとにも巡り合わせというのは訪れるもので、ついに『ホテルローヤル』という作品を読むことになった。「ホテルローヤル」という架空のラブホテルが登場するいくつかの話をまとめた連作短編らしく、はは~ん、中堅作家がだいたいキャリアで一回はやりがちなコンセプトの作品ね、まあ、これが最高傑作ということはないだろうからむしろそういう良すぎない作品を読むほうが作家のカラーをつかめていいかもな、という気分で読みはじめた。

 あとで知ったが桜木̪紫乃さんはこの本で直木賞を受賞している。宮内裕介『ヨハネスブルグの天使たち』などを抑えた回だ。最高傑作だったのかもしれない。

 

 給料の上がらない家電量販店の夫とか、檀家減少による収入不足を補うためにお得意様と寝ている檀家の妻とか、あやしいホテル事業に乗り出そうとしている自転車操業の看板屋さんの親父とか、社会経済的に苦しい状況の男女が登場人物。それぞれの苦境は決してドラマチックではなく、じりじりと窒息していくようなリアルな重みがある。そんな状況を描いたあと、彼ら彼女らが心を寄せ合い、セックスをしたりしなかったりしたところで物語は終わる。

 

 セックス自体もそこまでかっこよくは描かれておらず、背景には切々とした暮らしの困窮がある。どんなに尊厳のない生活をしていても、それとはべつのレイヤの、自分たちでも築くことができるぎりぎりの尊厳あるのもの、としてセックスを描いている。もちろん世の中にはセックスを得ることができないケースも多くあるのだけど、ぎゃくにそこにあるのであれば、どんなにその他の局面で追い詰められつつあっても、セックスは最後まで味方として残ってくれる、そんな情景を美しいものとして描いていて、そのへんに作家性があるように思う。

 

「五千円でも自由になったら、わたしまたお父さんをホテルに誘う」

(「バブルバス」)

 名前のかっこよさとは関係のない、切とした連作短編でした。