セックスは最後まで残る~桜木紫乃『ホテルローヤル』~

 

 桜木紫乃さんという作家がいて、とにかく名前が爆裂かっこいいので非常に印象に残っていた。桜と紫というかっこよすぎる色の対比、桜~木~紫とボタニカルな漢字が一貫して続くことで生じている均整の取れた感、そして最後は乃という意味はとくにないけど形がかっこいい漢字で締める。完璧じゃないか。

 

 はじめて名前を見たのはたしか恩田陸が『夢違』というこれもまたかっこいい名前の小説で直木賞にノミネートされた回だったと思う。そのときの桜木紫乃の候補作は『ラブレス』だった。桜木紫乃『ラブレス』、かっこよすぎる~~、と思っていつか読もうと思っていたが、どうもこの方、大人の男女の生活と性の話をしっとりと書くタイプの作家らしく、当時の僕は大人ではなかったし、生活にも性にもしっとりにもまったく興味がなかった。

 

ホテルローヤル (集英社文庫)

ホテルローヤル (集英社文庫)

 

 しかしどんなひとにも巡り合わせというのは訪れるもので、ついに『ホテルローヤル』という作品を読むことになった。「ホテルローヤル」という架空のラブホテルが登場するいくつかの話をまとめた連作短編らしく、はは~ん、中堅作家がだいたいキャリアで一回はやりがちなコンセプトの作品ね、まあ、これが最高傑作ということはないだろうからむしろそういう良すぎない作品を読むほうが作家のカラーをつかめていいかもな、という気分で読みはじめた。

 あとで知ったが桜木̪紫乃さんはこの本で直木賞を受賞している。宮内裕介『ヨハネスブルグの天使たち』などを抑えた回だ。最高傑作だったのかもしれない。

 

 給料の上がらない家電量販店の夫とか、檀家減少による収入不足を補うためにお得意様と寝ている檀家の妻とか、あやしいホテル事業に乗り出そうとしている自転車操業の看板屋さんの親父とか、社会経済的に苦しい状況の男女が登場人物。それぞれの苦境は決してドラマチックではなく、じりじりと窒息していくようなリアルな重みがある。そんな状況を描いたあと、彼ら彼女らが心を寄せ合い、セックスをしたりしなかったりしたところで物語は終わる。

 

 セックス自体もそこまでかっこよくは描かれておらず、背景には切々とした暮らしの困窮がある。どんなに尊厳のない生活をしていても、それとはべつのレイヤの、自分たちでも築くことができるぎりぎりの尊厳あるのもの、としてセックスを描いている。もちろん世の中にはセックスを得ることができないケースも多くあるのだけど、ぎゃくにそこにあるのであれば、どんなにその他の局面で追い詰められつつあっても、セックスは最後まで味方として残ってくれる、そんな情景を美しいものとして描いていて、そのへんに作家性があるように思う。

 

「五千円でも自由になったら、わたしまたお父さんをホテルに誘う」

(「バブルバス」)

 名前のかっこよさとは関係のない、切とした連作短編でした。