一方の足をもう一方の足の前に出し続けていたらカナダに着きました~ベン・モンゴメリ『グランマ・ゲイトウッドのロングトレイル』~

 

 身体的な離れ業で注目を集めた長距離徒歩旅行者は、ウェストンが最初ではなかった。彼以前にも20日間で965キロを歩いたハリファクス中尉をはじめ、たくさんの人物がいた。フォスター・パウエルはイギリスのロンドンからヨークまでの320キロを5日で往復した。1932年には、ベルリンで後ろ向きに歩く人物が目撃された。彼はテキサス出身で、鏡をつけたメガネをかけて、後ろ向きに世界一周しようと試みていた。

「66歳とはいえ、やってみるだけのことはあると思った」と彼女は日記に書いた。

 

グランマ・ゲイトウッドのロングトレイル | 山と溪谷社

 『グランマ・ゲイトウッドのロングトレイル』を読みました! 全長約3500km、アパラチア山脈の峰に沿って作られた歩道「アパラチアン・トレイル」を女性で初めて完歩したハイキングヒーロー、エマ・ゲイトウッドについて描いたノンフィクションである。

 

 67歳でたったひとり、めちゃくちゃな冒険に乗り出したおばあちゃんが徐々に注目を集めはじめ、大きな話題となっていくさまは痛快だし、そのメインストーリーの間にさしはさまれるエマの半生の物語や、当時のアメリカの世相、旅の間の愉快な(たまに不愉快な)出会い、そして迫ってくる大型ハリケーンなどの情景がさしはさまれ、非常にスリリングな出来上がりの本となっている。

 

P・Cがエマを痛めつけたのは、結婚してから3ヶ月経った頃だった。

エマが町の外れまで来ると、女性1人とティーンエイジャーたちがエマを待っていた。しばらくおしゃべりした後、エマは先に進まなければならない時間だと判断した。女の子2人と男の子3人のティーンエイジャーたちは、自転車にまたがってエマの横を3kmほどいっしょに行った。一人の女の子は。エマの布袋を自分の自転車のかごに載せると言ってきかなかった。

一方の足をもう一方の足の前に出し続けていたらカナダに着きました。

 非常に面白かったのでおすすめです。ストーリーそのものも、「感動のアンビリーバボー」という感じでかなり泣けたのだが、淡々としつつも要所要所でしっかり気のきいたフレーズを利かせてくる文章も非常に質が高い。

 

 そのうえパッションもある。エマがゴール地点にたどり着く章では、いったん本編を離れて、ここまで透明な文体に徹していた書き手自身の経験が語られるのだが、そこも良かったですね。

 優れたノンフィクションというのは、もちろん描かれた人や出来事についての物語なのですが、それと同時に、その描かれた人や出来事に心惹かれてたまらなかった、何日も何日も取材をして材料をつなぎ合わせて自分の惚れた出来事について何か本を書かないと気が済まなかった、書き手本人についての物語でもあるんですよね。

 

「旅の始まりですら、できごころのようなものだった。ゲイトウッド夫人は水筒と11キロ強の荷物と必要ないくらかのお金をもって出発しただけだった。ゲイトウッド夫人はハイカーとしての特別な訓練を受けていたわけではなかった。ただオハイオ州の農場で11人の子供たちを育てながら、働きづめの人生を送ってきただけだったのだ」と記事にある。記事には彼女の決意と、「雨でも晴れでも」一日におよそ27kmのペースを身につけた経緯が書かれていた。

 晴れていれば楽だった。

 この部分、本で読むと「~書かれていた。」までで見開きが終わって、めくってつぎのページに行くんですが、そこでは「晴れていれば楽だった」の1行だけがあって、章の終わりなので残りのページは白紙、という光景が広がるんですがここのカタルシスはすごかったし、すごいいいフレーズだなと思いました。

 「晴れていれば楽だった」、って、なんというか、このエマおばあさんの人生と重なるようなことなんですよね。読めばわかってもらえると思うんですけど!