思春期の完結~米澤穂信『王とサーカス』~

 

 思春期に読んで、その時期に読めて本当に良かったといまとなっては思う、自分のものの考えかたとか立ち居振る舞いとかがその本の内容に大きく影響された、――それもぜんぶ創元推理文庫という、いちばんのメジャーどころではないレーベルから出ている、という共通点のある本が3冊あって、そのうちのひとつが米澤穂信さんの『さよなら妖精』である。

 

さよなら妖精 (創元推理文庫)

さよなら妖精 (創元推理文庫)

 

 この本は僕の人生にとってはとても大きな存在で、もうすこし大人になってからあの『さよなら妖精』の続編が出るらしいということを聞いて、積極的に読みたいわけではとくにないけれど、どうにかしてどこかのタイミングで読まなければならないと思っていた本だった。

 

 そういうことを言っているツイートを発掘できた。

 

 というわけで今回機会があって読んだのでした。大刀洗さんという、『さよなら妖精』では視点人物ではなかった(探偵役ではあった)ひとがひとり登場する(そして、昔ユーゴスラビアからやって来た友人のことが一瞬だけ触れられる)以外には、『さよなら妖精』と内容的なつながりはほぼない。

 

 僕は米澤穂信さんの良い読者ではないので的外れなことを言っているかもしれませんが、個人的には米澤穂信さんはなんというか、成熟していこう、いま自分に見えていない部分をどんどん取り入れていこう、という傾向が強い作家だという印象がある。

 キャリアの早い段階でセールスポイントを確立*1していて、その作風である世代をずっと狙い撃ちして小説を書き続けることもできたと思うのだけど、そうはせず、自分が成熟していくことにあわせて作品の書きかたも変えていったように見える。

 

 尊さは脆く、地獄は近い。

 『王とサーカス』は面白かった。『さよなら妖精』から経った年月を、その年月のぶん正しく隔たった内容のお話だったと思う。ネパールのカトマンズで起きた殺人事件の謎を解くストーリーラインと並行して、多面的な存在として生きる人間のありようを描いている。

 個人的にいつも得意げに言っていることなのですが、素晴らしい推理小説にはつぎのような特徴があるんですね。

作中で提示した謎を綺麗に解いたあと、それを解くことによって、作品の外に、読者の内側に、さらにおおきな解かれない謎を残す。

 これを不足なく成し遂げている小説だと思います。

 

 あと、「IMFORMER」という単語に含ませた、作中の意味と言外の意味の処理のしかたとか非常に上手かったですね。

 

 これで僕の思春期もめでたく完結です。長かった。

 

王とサーカス (創元推理文庫)

王とサーカス (創元推理文庫)

 

*1:現実の多様さと渋さ、やるせなさみたいなところを主題として取り扱いつつも、さわやかな青春ミステリ。