田舎の黒人コミュニティにある、〈ピット〉と呼ばれる窪地の家で暮らす兄弟(男3人、女1人)とその父とその友人たち、そして犬たちが、10日後にハリケーン・カトリーナで被災する、というお話。物語の初めのほうには闘犬の出産のシーンがあり、それを見つめる語り手の女の子の語りの中で、舞台設定がすこしずつ明かされていく。ハリケーンはまだカテゴリー3だが、父親はとりつかれたように防災の準備をしていてちょっと怖い。一番下の弟の「ジュニア」を出産したときに、どうやら母親は死んだらしい。語り手の女の子は、妊娠しているらしい。
というのがだいたい第2話までの内容なのですが、ここからこの小説はずっとストーリーを動かし続けるんですよね。ひとつひとつの回に興味深い導入と、目移りするようなディテールと、はっと息をのんでしまうような熱い展開、そしてオチがある。
それがとても面白く、冒険ティーン小説のスタンダード作品を読んでいるようでもあるのですが、話の内容は明るいものではない。回ごとに、大げさな悲劇ではないのだが、受け入れ可能な、どこか心の隅でそんなことが起こるんじゃないかと予感していたような、あるいは起っちゃったらしかたないとあきらめるしかないような、自分らにも責任はあるしな…と思うしかないようなしんどい出来事が起こる。
しんどい出来事が起こるんですけど、お話のなかではなんだかすべてが生き生きして描かれるんですよね。「生き生き」というときにはふつう伴う、ポジティブなニュアンスのない、「生き生き」である。この作品は内側と外側を完全に切り分けるような形で作られ*1、ていて、作品の外側も含めた場合にはさまざまな政治的な言葉が意味を持ってくるが、内側だけをのぞくのであればとても生き生きした人々と犬、……生き物たちの姿を見れて面白かったと言うしかない。
その生き生きとした面白さを皮肉だと見ることができるのと同様に、では、皮肉みたいな悲惨さがあるこの現実を生きているとき、その中はなんとも生き生きしているのだ、ということを逆に思わせるような効果もあるのかな、なんて思ったりしました。
とにかく、面白い小説です。エンタメとして満点の性能があると思う。明るく楽しいわけではないですが、別に中身だけでは悲惨で暗いわけでもない。それ以上に言いたいことはたくさんあるのですが、あんまり前情報を入れるような作品ではないので、まずは読んで魅力を感じてくれ~とおすすめします!