旅は哀しくなるものさ!~ナターリヤ・ソコローワ『旅に出る時ほほえみを』

 

 ナターリヤ・ソコローワさんの『旅に出る時ほほえみを』を読んだ。読みおわったあと「訳者のあとがき」のセクションで、この本の日本での来歴を知ってちょっとびっくりした。

 

 大光社という(おそらく今はなく、おそらくかなり尖った)出版社の、ソビエトSF選集というレーベルから1965年に刊行されたこの本、のちに1978年に、(海外SF好きからは熱狂的に支持されたレーベル)サンリオSF文庫で復刊されている。

 もちろんそのサンリオSF文庫もいまはなく、……その後2020年にこれも海外文学ファンからはありがたがられている白水uブックスで二度目の復刊を果たした、という本である。

 

 あんまり海外文学の出版周りを知らないひとはよくわからないと思うのでサッカーで例えると、「獲得した秘密兵器ブラジル人が過去、コリンチャンスシャフタール・ドネツクに所属していてそこそこ点とってた」…みたいな感じです。

 

 原著の出版年は1965年。これを2年で、しかも1965年当時のソ連のひととコミュニケーションとって出すって化け物だな、とおもった。

 

(現代芸術に関する講義。ときは夜半過ぎ。ところは国家総統の書斎。こんな話を信じるやつが、あるだろうか?)緊張は、しだいにたかまっていく。

 「17p」という名前の怪獣を作りだした、「怪獣創造者」の主人公が、労働運動を抑圧する悪の総裁の支配下に置かれる国で、自分の信念を守って戦う、……というようなお話。

 

 物語は寓話のように進んでいき、寓話のように、達観した語り手の声がたまに入ってくる。登場人物は《人間》、《見習工》、《国家総統》というように抽象的な肩書で呼び表され、時間や場所、登場する固有名詞も、現実の世界に明確な対応物を持たないようなものばかりである。

 

 ただ、思想を楽しむような感じではない。分量の手ごろさだったり、叙述のシリアス過ぎなさだったり、あとはまあ1965年のソ連という時代的制約があったりで、テーマ性の部分に注目するのはちょっと難しいかも。

 どちらかと言えば、ディテールの描写の面白さに特徴のある作品だと思う。

 

 「若いものたちは、心の傷のいえるのも早いな」と、《人間》は、ちょうどそのとき車にのってでかけようとしながら、悲しげにそう考えた。

 むろん、そう思ったのはかれの誤りであった。

 それは、生活がつづいているにすぎなかったのである。

 ナターリヤ・ソコローワさんはつねに狙っている感じではないのだけれど、ここぞというところの、デタッチで、そのなかに感情を潜ませ、かつうまいことを言って要点を付くような文章がとても面白い。

 

 愛する怪獣よ! かわいい、かわいい語り手よ。おまえは知らないが、二十世紀のおとぎばなしは、めでたしめでたしにならないのだよ。

 詩……、って感じで良いです。タイトルもそこからとられている、作中で口ずさまれる旅立ちの歌もとても良い。作者のオリジナルなのか、それともほかの場所に典拠があるものなのかはわかりませんが、……まあそれは知るのを怠けておくとして、もし今後の人生で強制収容所などに連行されることがあれば、この詩を携えて行けるように、たまに頭のなかで思い出して忘れないでいたいと思いました。

 

あんまり背嚢につめるなよ。
一日
二日や
三日じゃない――
二度と帰らぬ旅だもの。

 

旅に出る時 ほほえみを、
一度や
二度や
三度じゃない――
旅は哀しくなるものさ!