9時17分のチャイム

 

 とある雑誌がつくった那覇市心霊スポットランキングがあり、僕が通っていた高校は第7位に、そして僕が住んでいた高校の付属寮は第3位にランクインしていた。

 

 僕の高校もその寮も厳密にいうと那覇市にはない。事実に対してその程度の敬意しか払っていないそのランキングはそこまで信用できるものではないとは思うが、そこで3年間暮らしていて不思議なことがなにもなかったかというと、……じつはそうではない。

 

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 部屋の内側からみたドアだと思ってほしい。ドアの上のほうに、すりガラスでできた嵌め殺しの採光窓があった。僕が寮に入居した日、教育係の先輩が「先輩に会ったら必ず、一日に何回でもあいさつをすること。ごみは1年が捨てること」などといったルールを教えてくれたあと、最後にこんなことを言ったのである。

 

「お前、引っ越してきたばかりだから段ボールとかガムテ余ってるだろ? いまのうちに部屋のドアの上の窓、塞いでおけよ」

 とくに理由は示されなかったが、まああいさつとかゴミ捨てとかとおなじで、そういうことになっていることなのだろう、と思ってなにも気にせず言われるままに窓をふさいだ。

 

 この寮は沖縄戦の激戦地に位置していて、陣営を問わずたくさんの死者が出た。部屋で起きていると、いまになっても、夜中、たまに、長身のアメリカ兵がその窓からなかを覗いてくることがある、という話を知ったのは、それから一年くらいたってからのことだった。

 

 僕はあまり霊感が強くなく、気も強いのでそこまで病むことはなかったが、毎年何名かは寮の霊的な環境に嫌気がさして辞めていく。2階の奥のほうにあった部屋がいちばん霊的にやばかったらしく、いちどだけ深夜に肝試しで中を見に行ったことがあるのだが、その部屋は内側に大量のお札が貼られていて、なぜかその部屋だけドアががりっがりに錆びついて変色していた。

 

 昔この部屋で女子生徒が自殺して、それから部屋はずっと封印されているらしい。女子生徒のほうがこういった危険に敏感である、との観点から、その年以降女子棟と男子棟が入れ替わったのだという。なので僕の住んでいた寮は、男子棟のほうが敷地の奥側にあり、セキュリティ面でちょっとだけ良い立地になっていた。

 

 「9時17分のチャイム」という話もあった。寮内では、学校みたいに、起床の時間だったり食事の時間だったりを知らせるチャイムが鳴るようになっている。ただ、なにを知らせる目的で鳴っているのかよくわからないチャイムもけっこうあって、そのうちのひとつが土曜日の9時17分ごろに、鳴ったり鳴らなかったりする、……鳴る日もあるし鳴らない日もあるというなぞのチャイムだった。

 

 ほかのチャイムは「キーン、コーン、カーン、コーン」と一般的なチャイムの音が流れるのだけど、このチャイムだけちょっと低い音で「キーン、コーン……、キーン、コーン……」と鳴るのである。

 

 ちょっとへんだなあとは思っていたのだけど、実際に心霊スポットで生活していてもべつに気にならないものですね。3年生になって、受験が終わって、あとは卒業するだけ、となったある日、ほかの寮生と話していてはじめて、「そういえば、土曜の9時に鳴る謎のチャイムあるよね?」「ああ、そういえばあるよね。あれなんなんだろ」という話になった。

 ちょうどそこに舎監の先生がいて「そういえば、来年度からちょっとチャイムの体系を見直そうって話になってて…」と言った。時計の機械を確認して、寮生の生活の実態に即した時間にチャイムが鳴るようにするのだという。じゃあ、あの9時17分のチャイムもなくなってしまうのか、無くなるとなるとなんか寂しいな、と思いながらその日の話はそこで終わった。

 

 つぎにチャイムの話をしたのは僕が寮を引き払うとき、最後のあいさつを舎監の先生と交わしていたときだった。

 

「そういえば、時計を確認してみたんだけど、9時17分にはなんのチャイムも設定されてなかったよ。そもそも、5分刻みの時間にしか鳴らないようになってるみたいだったよ。メロディーも一種類しかなかったし」

 ほえ~、そうだったのかあ、不思議だなあ……、と思い、そのまま寮を出た。いまもあのチャイムは鳴っているのだろうか。

 

 ほかにも、朝早く学校に行こうとすると寮の裏にある霊園から出てきてすれ違うことのある「笑いおばさん」だったり、毎年毎年新しいお札をもって除霊にくるなぞの霊能者だったり、ゆかいな仲間たちはいろいろいたのですが、とりあえずは、名前を紹介するだけにとどめておきます。