
「ケロロ軍曹 (34)」吉崎観音 [角川コミックス・エース] - KADOKAWA
「ケロロ軍曹」を既刊の34巻まで全部読みました。子供のころ、うちに何冊かだけおいてあって、そのうちひとつはシリアスな長編が始まる巻で、「ケロロたち、大ピンチ…」みたいなところで終わるものだったので、ああ、この先はどうなるんだろうな、でも読むことはできない*1んだろうな…、とあきらめる、みたいな。外洋航行術のない文明にとっての海の向こうの大地みたいな、地球人にとっての宇宙みたいな、そんな「遠く」を見るあこがれや切なさを感じさせるような作品だった*2のである。

まあそういった幼少期の文化的な霧も晴れて、大人になった今「ケロロ軍曹」を読んでみたのですが、大きく二つくらいのポイントで、この「ケロロ軍曹」というマンガがどんな良い点を持った作品なのかつかめた*3ような気がする。
ひとつ目がやっぱり、吉崎観音さんのシグネチャーともいうべき、作品の中に唐突に、不完全な現われで差しはさまれる世界の不思議、ワンダーについての描写ですよね。
世界が「思っているよりはるかに超えるものであること」を表現しつつ、しかしではどうなっているのか、越えた先はどうなっているのかについては触らせてくれない。ちょっとだけこっちを向いてくれるものの、謎のままで終わる謎。愛すべき作品「ドラゴンクエストモンスターズ+」を読んだ時にもいちばん心惹かれたいいいところが「ケロロ軍曹」でもしっかり再現されている。

そしてもうひとつが、単に作者の資質とかではたどり着けない領域というか、ひたすらコンスタントにプロとして仕事をつづけ、その制作人生に沿って制作され続けた作品だからこそもつヴィンテージ感みたいなところ。
この、時間を重ねたというところがたぶん大事*4何か作為をもって画や物語をまとめたりしようとしなくても、自然と毎回収まってしまうというか。そこに、20年続けた作品だからこそのまろみや熟成香を感じるのである。
いい作品でした。
*1:親に「買って」と頼むにはちょっとエロい作品だということはわかっていたので、硬派な子供だった僕はついに願い出せなかった。
*2:とはいえほかに読むものがいくらでもあった僕の家庭はそれでも恵まれていたほうであった。田舎のたいして文化的でもない家庭には、ばらばらではなく一揃いになった漫画がおいてあるというのはそんなにふつうのことではなかったと思う。
*3:もう向こうにある遠いものではないのだ。
*4:その時間というののはかり方を作品の側ではなくて、人生の側が持っているように見えるというのも大事だと思うんですよね。作品の側の論理の上でどれだけ時間を重ねても、「緻密で長大な作品」ができるだけで、ある意味それは完結に何年かけたとて時間は止まっているんですよね。このような自然な年の取りかたというのは逆に貴重なことだと思う。