「魚の見る夢」

 

 眠っているあいだに首輪をつけて施錠してしまうほど姉にたいして重い感情を抱いている妹とその姉が主人公のマンガ。姉妹は母親を幼いころに失くしていて、父親との関係も悪く、ほぼふたり暮らしのような状態となっている。その姉妹に、姉妹のクラスメイトのキャラクターが数名、で登場人物は終わりなのだけど、その狭いサークルのなかをめいっぱいに使って人間関係のいろいろな様相が描かれている。

 

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 「好き」というひと言で言ってしまうこともできるけれど、その言葉が意味しているのはさまざま。そのうちのいくつかの意味での「好き」の矢印が登場人物たちのあいだには描かれていて、全体として非常にアンバランスでスリリングな設定となっている。

 その矢印の様々な形や色を見届けるのがこの傑作マンガ「魚の見る夢」のひとつの楽しみかたでしょう。登場人物の思いやスタンスを大事にする作者の姿勢は徹底されていて、どのキャラクターにも(なかにはかなりひどいことをする御仁もいらっしゃるのだが)それぞれの理が描かれ、魅力的になっている。

 

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 非常にデリケートで、本当のことなんてだれも知りえないようなこと、だれもが同意できるような結論は出せないようなものをテーマとしているが、出来合いの思想のセットやひとりよがり、あるいは全員に配慮した丸く収まる落としどころ、といったところにマンガの終わりを持っていくのではなく、オリジナルの結論を出している。それをやっているだけでひとつの偉大な達成であるのだけど、その結論を、物語のいろいろな要素をまとめる形で提示できている。まぎれもない大傑作である。

 

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 アセクシュアリティ・アロマンティシティに関してもひとつの立場が示されていて良かった。物語のクライマックスで、ある種のひとはなぜ「友達」でいてくれないのか、という問いかけにたいして、とても切実な回答が提示されて、説得力がある。

 冷静に考えると、人間関係のデフォルトは世のなかの大部分において(とくに思春期~青年期では)セクシュアルではないので、そっちのほうがデフォルトで、何か理由がない限りそのデフォルトを逸脱するべきではない、というふうに思っていたけれど、その認識には多少批判があってもいいのかもしれない、と自分に対しては思った。

 

 

御影と巴は理由あって二人姉妹の二人暮らし。朝起きて首輪がつけられてたって日常茶飯事…ではないけれど、勉強と友達(曲者多し)と手作りご飯にまみれてすごしてる。お姉ちゃんだから自分のものにしたいのか、妹だから身が焦がれるほどに心配なのか、健全だけど不健全な小川麻衣子の描く新境地インモラルストーリー第1巻。

 あとなんか、あらすじの文章の取り回しも面白くて好きです。ひとは選ぶと思いますが、もし好きそうだったら四連休の残りにぜひ。