『レコードはまっすぐに ―あるプロデューサーの回想―』 | 学研出版サイト
という本を読んでいた。けっこう第一印象でびびっときて手に取った本であり、また作者――つまりこの本の主人公であるジョン・カルショーという人についてもまったく前知識がなかった。
その人についてまったく知らない状態で自伝を読むとどうなるのか? ……これがかなりスリリングで良かったんで本好きにはお勧めです。とくに序盤、音楽好きの銀行員の青年が軍隊に入り、レーダーを操作し、音楽評論や自分の体験をもとにした小説まで書いたりする。いったいこの人はどの道を選んで、そのあと、自伝にまでなるわけだからなにがしかの大きな仕事をなすのでしょうが、それはいったいどのような仕事なのだろうか?
そう思いめぐらせながら読んでいるのがとても良かったですね。ふつうの、その人を知ってる状態で読む自伝や伝記には、途中主人公が足踏みしても、「結局最後には○○になって△△で成功するんだから頑張れ笑」みたいな白々しい気持ちがどうしても湧いてくるものですが、それがないのがとても新鮮だった。これ良かったのでまたやりたいです。
爆撃は、人生における確固たる事実だ。でも銀行は、そうは思えなかった。
……ここではネタばらしをしてしまうと、これはクラシックの名盤をレコードしたことで知られるプロデューサー*1のお話でした。
これもけっこう珍しい題材で、作曲家だったり演奏家だったり、あるいは音楽業界全体の流れなどを扱ったノンフィクションというのは僕も読んだことがあるのですが、レコーディングをプロデュースする職業の人、というのは初めてでした。
そういう「調整」の仕事をする人ならではの苦労や、その立場だからこそ見えた周囲の音楽関係の人々の人となり、エピソードなどを、皮肉たっぷりの「面白い」文章で淡々と刻んでいて、読み物として非常に面白かったです。
現代音楽史上の人物や作品を深める際には資料としても使える文献になっているのでしょうが、それも見越してか「ここは作者の記憶違いで、実際は○○である」といった訳注もしっかり入っていて良い本である。
LPレコードの登場や、ポップミュージックの隆盛といった、同時代の音楽の動きと、会社としてそれにどう対応していったかあるいはできなかったか、みたいなことも端々で描かれていて、それも興味深かった。上の回で読んだ『誰が音楽をタダにした?』では「mp3」を焦点にして描いていたことの昔バージョンを見れた、みたいな。
こういう、生産や流通の技術や様式がどのように「作品」に影響を与え、どの程度制作や受容がそれ――個々のクリエイティビティではなく技術や生産、流通の様式すべてを含めた「その時代の文化」が規定するルール、から自由でいられるのかというのが個人的にいまよく考えたり資料を探している、ハマっているテーマなのである。
なかなか手に取りにくいジャンルの本だと思いますが面白いし読みやすいのでおすすめです。
*1:よく見ると表紙に「あるプロデューサーの回想」と書いてあるのだが僕は読み終わるまで見落としていた。