嫌みでさえもリズミカル~遊知やよみ「福家堂本舗」~

 

 それはそれは重いのれん。――京都の東山で450年間つづく和菓子屋に生まれた三姉妹とその母、そして三姉妹それぞれの恋の相手となる3人の男性を、京都の風俗を背景に、人間を見つめるあたたかなまなざしのもとで描いた傑作マンガが「福家堂本舗」である。

 

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 「家業を継ぐ」プレッシャーのもと育てられそれを完ぺきにこなしてきたおしとやかな長女と、その反動とばかりに飲み歩いてばかりの次女、そして、おなじクラスの低身長男子のことが気になっている三女。

 中心となる3姉妹とその周辺の人間関係を流れるように、自然に解説してオチまで付ける一話が話のつくりとしてとても綺麗だった。そして第二話では、家を継ぐと思っていたお姉ちゃんが、出入りする銀行員のお兄さんの突然の求婚を、なんと受け入れてしまう!

 

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 やっぱり読み終わって一番印象に残るのはこのふたりのストーリーだと思う。「求婚を受けたのは、敷かれたレールから逃れたかっただけでは…?」な長女と、「そもそもこいつはなんで求婚したの……?」な、心の読めない食わせ物の銀行員。

 作中では「まるで二人にしかわからん暗号のようにつねに勝負してる」と表現されるこのふたりの結婚とその結末が非常にスリリングで、いじらしくて、ドラ泣きでした。

 

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 作者の筆力がかなりあるマンガで、モチーフの取り回しだったり、言葉のひと言ひと言だったり、登場人物の心情を演出する台詞だったり、物語の構成だったりが非常に上手い。そのうえで、なにかひとつの考え方やスタンスを物語全体で貫くのではなく、それぞれの人々をそれぞれの人生を生きる人間として、相対化して描いている。

 だからこそユーモアには切れがある。ストーリーテリングがうまい作家あるあるの、話がうまく出来過ぎていてちょっとのれなくなる、……というのも乗りきっているように見える。

 

 シリアスなドラマと、息抜きの日常描写のバランスも良くて読んでいてほっとする。それでいて、日常に一回一回戻るのではなく、起こる出来事に応じてダイナミックに人々の関係性が変わっていくのも面白い。思いが通じ合って「結婚しよう」となるのを恋のひとつのゴールとすれば、三姉妹の歳の差を使って、「そのまえ」「その瞬間」「そのあと」にそれぞれフォーカスを置いた話作りをしているのも上手い。

 

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 あとは京都名物の登場人物の嫌みも、物語にリズム感をもたらしていていい味である。考えられたストーリー、キャラの魅力、迫力のあるドラマと演出、それらすべてのうえに「京都」が降りかかっていて、とても良いですね。