コンステレーション~滝口悠生『長い一日』~

 

 佐川恭一とVtuberと水タバコが好きな友人がいて、その友人とたまに読書会をしている*1。読書会といってもカジュアルなもので、交互にお題の本を提示してそれを読んできて軽く話す、というだけのもの。今回お題を出す番だったのが友人で、出てきた本がこれだった。

 

 『長い一日』という題名だが、作中で描かれるのは1日だけではない。ある一日を起点として、そこに連なっていったりそこから離れていくいろいろな出来事をエッセイ風に、ローカロリーな文体で描いている本だ。なので「長い」というのは「長い20世紀」とかいうときの「長い」である。

 

 小ストーリーがいろいろ描かれる、という形を持っていて、中心となる話の筋はない。視点人物もころころと不思議な形で変わる。出来事は作家とその妻の日常が主だが、ちょっと違う周辺の場所や人物にスポットが当たることもある。ちょっと違うかもしれないけれど、読み味としてはナタリア・ギンズブルグの『ある家族の肖像』を思い出した。

 

間もなく座席で眠ってしまった窓目くんは、家に帰るには高田馬場で降りてJRに乗り換えなくてはいけなかったがそのまま終点の西武新宿まで行き、おそらく眠ったまま折り返しの下り電車で運ばれた。窓目くんはそれを覚えていない。だからその移動の記憶は誰のもとにもない。電車はまた高田馬場を過ぎ、新井薬師前を過ぎ、鷺ノ宮を過ぎ、夜の武蔵野を下っていった。

 面白かったし、粗さがしをしようとしてもとくにつつくところがない。僕が悪いやつでいえば、登場人物がきれいな心でていねいな生活をしているので、自分も自分の暮らしに自信を持てているときにはいいが、そうでないときに読むと「なんだしゃらくさいこいつら、ムカつきすぎる」と作中の人々に腹を立ててしまう、という難点はあるが、まあ僕が悪い。

 

 出来事をとくに枠にはめず、美化もせず意味をおおきく読み込むこともなく、選別せずただ起こったままに語っていくことも十分文学作品を成立させる、……という考えかたはもともと持っていて、最近はもっと大きなドラマもあったほうがいいんじゃないかという考えに揺らぎつつはあった*2 のだけど、これでまた逆に、ちいさなものの積み重ねの良さを再確認!って感じになれた小説でした。

*1:しかけている、というのが正しいかもしれない。まだそんなに定着した習慣ではない。

*2:きっかけはこれ。とても良かったんだけどどう紹介すればいいかわからない~チャールズ・ディケンズ『二都物語』~ - タイドプールにとり残されて