先にお墓を作り、その後で愛情を埋葬する?~六六『上海、かたつむりの家』~

 

上海、かたつむりの家

上海、かたつむりの家

  • 作者:六六
  • プレジデント社
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 『上海、かたつむりの家』を読んだ。貯金の増える速度が物価上昇の速度に永遠に追いつけない都市「上海」で、若い夫婦が借金してでも家を買うぞ!と決意するところからはじまる、ロマンティック・お金・コメディーである。

 

地方出身、大卒、共働き、離れて暮らす子どもひとり……。
上海で暮らす若いカップルのささやかな夢は、
“かたつむりの殻のような狭すぎる住まい”から一刻も早く抜け出すことだった。

 キャッチコピーはこれだけど、この文章から受ける印象よりは「ロマンティック」寄りのコメディーなのではないかと思う。お金の世知辛い話も出てくるのだけど、それを解決するのはビジネスの工夫とか庶民の金融マネジメント、とかではなく、おもに有力者とのシンプルな援助交際だったので。

 

 ただ、登場人物たちの交わす性愛の動向とお金回りがリンクして物語を作っていくという構造は笑えて面白い。お金と愛、というと、「お金はないけど純愛」vs「生活が楽になるけど汚い愛」みたいな対立を思いつくけれど、それもうまく世のなかの複雑性や多様性を捉える形で配置し直されていて、陳腐ではない読めるお話になっている。

 

これでこそ、僕の女房だ。あんまり優しいと、なんか不安になってくるよ。僕に対して民主主義を実践してくれなくていいからね。専制君主のほうが、人民は安心するんだから。

 いろいろな面白がりどころがあるお話だと思うけど、男性ジェンダー表象に注目するのもけっこういいと思う。基本的には姉妹であるふたりの女性と、とある有力者を視点にとって進んでいくお話なのだけど、脇役である2人の男性(姉妹のそれぞれパートナー)が面白い。

 とくに、うだつのあがらない会社員で、出世の目がないことを妻にいじられ、けど主体的に行動を起こすことはあまりなく、キレた妻に投げ捨てられた煙草を拾いにいく情けない姿が印象的に描かれる蘇淳とかは、オタクとかハイカルチャーにメインで触れているとなかなか見ない*1造形のキャラなので良かった。かなりフェアな男性の描きかただと思う。

 

「ここにふさわしいのは、シスレーやドゥ・ラ・メールなんだわ。消費の喜びって、時間をかけて培われていくものなのね」

 文体や構成はノベライズとかであるような、内容を伝えるシンプルなもの、……けどそのぶん非常に読みやすい。内容は作り込まれているがそのぶん若干リアリティに欠ける、といった系統のメロドラマにのせて、上海の社会を皮肉る感じの面白さ。

 それ以上の深遠なものはないのでそれを求める人には合わないかもしれないけれど、ロウワーミドルクラスの苦しみだったり、上海社会に興味がある場合にはけっこういい読書になると思います。

*1:朝ドラとかにはいっぱいいそう。