享受・解釈・結晶化~ジョン・ハスケル『僕はジャクソン・ポロックじゃない。』~

 

かれは生まれて初めて自分の世界の柔肌から手をさしのべ、人間的な接触をしたい気持ちにかられる。その気持ちにしたがい行動に出ようとするが、そうすることは自分の世界から出ていくことを意味する。いったん外に出たら、かれは世界のない人間になってしまう。

「六つのパートからなるグレン・グールド

僕はジャクソン・ポロックじゃない。

僕はジャクソン・ポロックじゃない。

 

 ジョン・ハスケルさんというかたが書いた『僕はジャクソン・ポロックじゃない。』を読んでいた。とても面白かった。

 

かれは自分自身でいたかった。芸術家のジャクソン・ポロックでいたくなかった。が、それは簡単なことでなかった。

「僕はジャクソン・ポロックじゃない。」

 世界の実在の人物、――とくに実在する芸術家の実際の人生のなかにあったエピソードを題材にとり、その出来事が示唆している抽象的な人生や世界の真実を考察する。そういった文章を、たがいに縁もゆかりもない、――けどこの世の深いレベルではつながっていそうないくつかの人々のいくつかのエピソードについて述べて、それをカットバックして並べ、それがなんらかの文学的な真実を指し示している、……というふうに作られた短編がならんでいる。

 事実だったり、すでに存在する人々や作品を享受し、それをもとに作品とそれが置かれた世界を解釈し、そこから文学的な成果を導き出そうとする戦略は、僕の知っている範囲だとマルグリット・ユルスナールとかリチャード・パワーズに近いものを感じる。

 

 その芸術家のことをそんなに知らねえ……、となる短編はなかなか読むことが難しかったが、逆に多少知っているひとのエピソードが題材になっていると、言っていることが本当にわかる。宇宙に行ったライカと、年長のいとこたちの気持ちを引きたい女の子、そして許せない男のキスを従順に受けてしまう女性のエピソードを不思議なコネクションのもとに並列させて描いた「素晴らしい世界」はとても感動した。

 

少女は卵型の石を見せます。従兄弟はそれを受け取り、しげしげと見ます。少女はその行為を見守りながら、この石の良さがわかってくれるといいんだけど、と思います。

 世界の既存の作品を享受するなかでインスピレーションを受け、世界の作品や世界そのものを解釈することそのものを作品にして、それ以外の飾りはせずドライなスタイルで結晶化する、といったつくり方が一貫していて読んでいて心地よい。良い小説でした。