『20÷3』は人間が「劇的に変化」する5歳から15歳までの期間に著者の小林理央さんが詠んだ歌を集めた歌集である。
さるがさる さるといっしょに りおもさる
あとにはなにも のこっていない
これが保育園年長組のときの歌。学年を上がるごとに、ものの見かたや言葉の扱いかた、持っている概念や認知能力がどんどん変わっていってそれが非常に興味深い。
八十字 ぜんぶならった 一年の
さいごにならった かん字は音(おと)だよ
これが小学校1年生。
これが小学校3年生。
銀色のすじしっかりと残してくカタツムリでもたしかな一歩
そして小学校5年生にもなればかなりテクニカルになってくる。
生きる意味聞かれたら困ってしまうんだ今歩いてる最中だから
最終的にはちゃんとしゃらくさいことを言う中学校2年生になる。この変遷、細切れにされた時の流れを追いかけているだけで面白く、「6才のボクが、大人になるまで。」を観ているときとかなりおなじ感動がある。
しかしそれだけではなく、歌としても良くて感動できるものが多い。
地面蹴る足の多さを見つめてる体育祭の空白のとき
鉄棒になわとびひとつかけてある冬の公園木々も眠って
「天才子ども」、……という感じではなく「名家に生まれた」という感じ。なにを切り取って来て短歌にするか、どう配置して短歌にするか、という部分で非常にトラディショナルで端正な歌も目をひく。
実際に、短歌教室をやっていた祖母に影響されて短歌が日常にある生活をし、学生時代には数々の短歌の賞を取りまくっていたかたらしい。
とぶようにページめくられダイアリーDecemberのDに突入
なんでもない顔で座っているけれど誕生日なのちょっとにやける
英才教育を感じさせるお行儀のいい歌だけじゃなく、こうした、圧倒的お行儀のよさを背景にそれをちょっと崩してキャッチを作る感じの歌も非常に魅力的である。「人にすごいと思ってもらおう」「自分の力を見せつけよう」といったハングリーさとは無縁のさりげなさがあって、そこからくる良さが本当に良い。
さみしくて泣きそうなとき勉強で気をまぎらわす20÷3
そしてなんといっても表題にもなっているこの歌である。これはほんとうにすごい。見たとき衝撃でちょっと泣いちゃったよ。さらっと当てはめたのであろう「20÷3」がとてもすごいことになっていて、この良さには再現性はないし、誰にも真似できない。書いた本人よりも読んだひとに多くを与える歌だ。
今後の人生、「20÷3」という計算をするたびに間違いなく思い出す一首になるでしょう。すべてひっくるめて、おすすめの歌集です。
夜に飲むココアの味は柔らかく進行形がふっとゆるまる