受けとったほうが良かった気がする

 

 明らかにビラを配りたそうにしているひとが視界の端に見えたので、そっちのほうを向かないようにしていたのだけど、なんだか様子が変だったので、ちょっと見てしまった。

 

 ビラを配りたそうにしている……、すくなくとも、「今自分はビラを配りたそうにしていないといけない」という認識を頭で持ってはいそうなのだけれど、体はうまくついていっていなくて、まるで待ち合わせでもしているみたいに、往来をながめながら道路の角っこに立っていた。その様子が、無防備で害のない弱い人間のようにも見えたので、けっこう引っ張って3秒間くらい見ながら歩いてしまった。

 

 ビラを配る義務があるタイプのひとはこっちが視線をあげると、ほぼ100%食いついてきてビラを渡すのだけど*1、そのひとはそんな感じでもなかった。

 

 珍しいものを見たな、と思った。僕の勘違いで、単に紙束をもって待ち合わせをしているひとなのかもしれない、とか思いながら視線を外して、前を向いて歩いていたら、突然そのひとに後ろから追いつかれて話しかけられた。「あの~、このへんで美容室をやってるんですけど、いま、クーポン配ってて、もしよかったら……」

 

 その人も仕事でしかたなくやっているのだろうから(かつて人類史上、やりたくて見も知らぬ他人にビラを配って回ったひとはいなかった)、ビラ配りのひとにはなるべくにこやかに応対するようにしているんだけど、今回のこれはもう僕の意識のなかでは終わったイベントだったので、いきなり声を掛けられて思わず地が出てしまった。僕がかなり険悪なお返事をしてしまったせいか、その人は消え入るような声で「すみません…」と言ってどこかへ消えてしまった。

 

 そのあとしばらくの間、今起こったことのことの、自分にとっての位置づけを考えていた。人間は人間と交流するとストレスがたまる生き物なので(すこし主語が大きかったかもしれない)、いきなり話しかけてきて応対を迫るビラ配りというのはとても悪な存在であり、気に病むことはない、という意見が最初は僕のなかで多く出ていたのだけど、そういえば最初にビラ配りのかたのほうを無遠慮に、物を見るように見つめていたのは僕だったな、ということを思い出して、ちょっと行いを間違えてしまったな、という結論に至った。

 

 人間は学べる生き物なので(これも主語が大きいかもしれない)、結論に至ったのであればつぎにすることは前向きになることだ。反省をして次につなげていこう。

 明確な数値基準があると良い。今度から、3秒以上勝手に見てしまったひとの言うことはなんでも聞くことにする。しばらくは、こういう指針でやっていこうと思います。

 

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*1:商業的な意味で僕が渡す対象であれば。たとえば、マンション見学の案内のひととかだったら、何秒目が合おうが僕にはビラは渡さないでしょう。