働いている

 

 ちいさなとある業界の業界誌を作る会社で働いている。職名は、いちおう「編集者」ということになるらしい。むかしからずっと本は好きだったが、「編集者」になりたいと思うことはちいさいころからを含めてもたぶん一度もなかった。しかしそれを言うなら、東京に行くまでは東京に行きたいと思うことはなかったし、フリーターになるまではフリーターになりたいと思うこともなかったし、ルームシェアをするまではルームシェアをしたいと思うこともなかったので、とくべつ不思議なことではないのかもしれない。

 

 これからもまた、それまでやりたいと思うこともなかったようなことをなんどもしていくのだろう。

 

 とてもちいさな会社なので、研修とかそういうものはほぼなかった。入社に関連する事務手続きのあと、1時間ほど業界に関する基礎知識のレクチャーを受けたら、すぐに簡単な仕事をもらった。入社したと思ったらいきなり〆切まえで、職場にはなんとなく緊張感が流れていた。校正(原稿に誤字がないか確認する)を言われるままにやっていたら、「君なんか1ページ埋められない?」と上司に言われた。掲載予定だったインタビューが先方の都合で突然使えなくなり、急遽ページを埋める必要が生まれていたのである。雑誌のメインテーマとはなんの関係もないカルチャーページが増量され、そのうち1ページを受け持った。

 

 雑誌が完成して、これでひと息つくと思ったら、すぐにつぎの企画会議があると教えられた。僕は見学者みたいなものだろうと思っていたら、企画を出さないといけないらしい。出したところで、業界のことなんてなにもわからないし、企画が通ることもないだろうと思って会議に出た。

 

 ちいさい会社なので、会議には偉い人から下っ端まで、全員が参加していた。偉い人というのは、やくざみたいな容姿をしていて事実前科7犯の会長と、部下の携帯をガムテープでぐるぐる巻きにして破壊するという奇癖をもつ社長である。

 

 穏便にプレゼンを済ませて切り上げようと思ったら、話しはじめた瞬間「声が小さい」と怒られてしまい、パニックになってしまった。僕はてきとうに四分の一くらいしゃべる予定だった企画内容をわけもわからずぜんぶしゃべってしまった。僕は(そう見られないように努力しているが)意外にもちゃんと物事を考えているタイプなので、思っていることを残さず言えた場合には説得力があることが多い。提出した企画はぜんぶ通り、入社1週間で雑誌の10ページを担当することになった。

 

 多すぎるだろ。その日の夜は自殺しようと思ったし、そのあとも一週間くらいはどうしたらいいかわからず自殺したいと思っていたが、周りの人々がとても良く、大したものができたわけではないが、なんとかはなった。

 

 実際、会社のメインのエンジンとはちょっと離れていて、多少の失敗があってもまあおおめに見られる立ち位置をあたえてもらっているのだと思う。やっている側からすると創造的で楽しいし、自由があるのもうれしい。会社の雰囲気も僕に合っているし、先輩方はみんな非常識(ある上司が、「うし髪切ってくるか!」とオフィスの別室に入っていって、そのまま数十分後剃り込み入りアシンメトリーになって帰って来たときはびっくりした)だが人柄は良い。お昼ご飯はおごってもらえる。

 

 

 就活は大成功といえるのではないか。めげずに軸を「面白」に据えていてよかった。