主人公であり偶像崇拝者の菱川俊は、「みんなよりちょっと胸があってほんのちょっとかわいすぎる」高校一年生。入学式の日にちょっと会話を交わした同級生の刑部小槙のことを好きになる。その日から菱川は小槙に身銭を切ることをいとわない猛アタックをかけるが、小槙はそれを面白がりながらもそっけない態度をとり続ける。
という感じのラブコメディが、長門知大さんの描いた「将来的に死んでくれ」という漫画である。単行本は講談社から出版されていて、全7巻で完結している。
とにかく推しを目の前にしたオタクの描写が面白い。「ヒエ~~~~~」とか「アア~~~~~」とかいったオタクが出す鳴き声をはじめ、他者を崇拝することのできるという「強み」をもつオタクという珍しい人種の珍しい振る舞いが作中でふんだんに描写されていて、僕は基本的にはオタクとその振る舞いがとても大好きなので、非常に楽しんで読んだ。
ここは、愛する小槙ちゃんの弟と仲良くなって、小槙ちゃんとその弟が兄妹で使っている部屋に、小槙ちゃんがいないあいだに入れてもらう菱川のシーンなのだけど、この弟もけっこうな曲者で、こういうきわいことを言ってくるし、その提案にたいして腰砕けになっている菱川が最高に面白い。
ギャグもちゃんと笑える。ボケとかシチュエーションは典型的なものが多いのだけど、オタクが得意とするぼそっというツッコミの完成度がシンプルながら高く、「ゆるゆり」ぐらい笑いを期待して読めると思う。
笑いだったり、おまけ程度にある菱川兄と小槙弟のロマンスやクラスメイトどうしのロマンスも同程度に良いが、やはりこの作品において特筆すべきなのは、菱川と小槙の関係でしょう。菱川の貢ぎ体質と小槙のたらし体質の掛け算は、現実に引き寄せて想像してみるとどうしても出てしまう嫌な感じをきれいに美化した形で描かれている。「これはフィクションなんだから」と、読者側が美化の苦労を引き受ける形ではなく、作品のなかでそういうものとして提示されている。この非対称な関係に、どちらの立場に立っていても、すくなめの後ろめたさで浸ることができるのは、そのおかげでしょう。
オタク的な「推し」「推され」の感覚を描いた作品は珍しくないが、この脱臭がうまくいっているものはとても珍しいのではないか。偉大な達成だと思う。
アプローチとその避けかたに流れる、ちょっとした清涼感。ふたりがファンとアイドルという関係であると同時に、友人どうしでもあることを忘れない日常の描写、そういったものがその要因かも知れない。技術的な理由なのかもしれないが、全体的に画面構成がシンプルで書き込みがすくない絵もそのからっと心地よい雰囲気づくりに一役買っているのかも。おすすめ漫画です。