会ったことのない友人が北海道からやってくるというので上野で待ち合わせをして、「おとんば」という個人的にいつも行っているもつ焼き屋さんに行ってきた。そのお店で、「ここで肉刺し三種盛りを頼むと、なぜか六種来るんですよ~」などと得意げに説明していたら、隣に座っていたおっちゃんとおばちゃんが「わかる~! 意味わかんないよね!」と話に乗ってきた。
それでいくつか会話を交わすうちに、立石にあるという厳格なもつ焼き屋さんの話になった。最低でも30分は並ぶ人気店で、店にはたくさんのルールがある。もし破ると容赦なく叱られる。メニューは店内にあるがそれだけでは不十分で、注文には独特のコールをかけないといけない。
ここでおばちゃんおっちゃんと巡り合い、ひとつのお店の噂と出会うことになったのは、なにかの従って損はない縁だろう。そう思ってその翌日、北海道からの友人と立石を訪れることにした。ひとつ路地を選んで歩けば、このような光景に巡り合える味のある街だった。
街を散策したあと、さて、運命のそのもつ焼き屋に伺おうとしていたら、とつぜん道を歩いていたおばあちゃんに声をかけられた。「あの、こちらって立石何丁目ですか?」知るか、とは思ったけど、我々はしっかりとした道徳教育を受けているので、近くにある住居表示を見つけて答えてあげた。
「4丁目っすね」
「そうなの。じつは道に迷っちゃってお家に帰れないの」
「家どこなんですか?」
「わからない」
恐るべき街、立石。歩いていたらいきなり徘徊老人福祉ケアイベントに遭遇してしまった。「家の近くには線路が通ってるんだけどねえ」「それいつの話っすか?」「子供のころは線路があったのよ」とまったく役に立たない手掛かりを聞きながら、とりあえずおばあちゃんの見覚えのある通りに出くわさないかと立石の街を歩きまわる。
ボケた老人というのは厄介なもので、僕らが完全に合理的な散策ルートをたどっているというのにもかかわらずすぐ外野から文句をつけてくる。てきとうにごまかしながら、おばあちゃんと世間話をする。おばあちゃんはこの街にずっと住んでいて、両親は中学校の先生をしていて、なかなか仕事が休めずに大変だったらしい。「今日は雪が降るっていうから、おばあちゃん、寒くなるまでには帰らないとね」
話の途中、おばあちゃんが「近所の交番と顔見知りなのよ」といったので、これは徘徊の常習犯だなと予想し、近くの交番へ連れていくことにした。交番では厳ついお巡りさんが腕を組みながら「また来たのか」と言ったのでちょっと面白かった。
おばあちゃんにお別れをしてもつ焼き屋さんへ。噂どおりの厳格さとおいしさだった。そして客捌き、オペレーションの無駄のなさ。飲みというよりは、ひとつのエンターテイメントとして楽しんでもいいのかもしれない。
もし興味があるかたがいれば、行きましょうね、立石。つきあってくれた友人、出会ったおっちゃんおばちゃんおばあちゃんの全員に感謝します。