淡路町 はちまる

 

 このごろはずっと職を探していて、その一環として淡路町で面接があった。そのことはあまり思い出したくないが、その帰り道に記憶に残る居酒屋があった。

 

 それがこちら。店の外にメニュー看板が出ていて、「18:30まではハッピーアワー!! サワー・チューハイ・ハイボールが¥199-」と書いてあった。

 

 いくつか簡易的に座れそうな席はあるけれど、いわゆる立ち飲み屋で、オフィス街にあることもあって背広を着たサラリーマンたちが多く、それぞれの酒を飲んでいた。

 

 最初に頼んだチューハイをゆっくり飲んでいたら、すこしずつふわふわしてきた。僕はけっこうアルコールに耐性があり*1、チューハイ一杯程度で意識の状態が自覚できるほど変化することはほとんどない。「おかしいな。それほど今日の面接が心に来たのか…」と思っていたら、店主さんから声をかけられた。「大丈夫? ちょっと濃かった?」

 

 そのときにはじめてここのお酒がめっちゃ濃いことに気づいた。これはものすごいことで、ふつうお酒を適切より濃く作りすぎると、味のバランスが崩れてなんとなくそうだとわかるのであるが、ここのチューハイはとても濃いのにおいしい味がして、指摘されるまでとても濃いお酒を飲んでいるということに気づけなかった。悪用には注意が必要だけど、ひとりで飲んでいるぶんにはこの上ない。

 

 「『全員べろべろにして帰す』というのがお店のポリシーなんだよ」店主さんはそう話してくれた。

 

 安かろう悪かろうの立ち飲みではなく、ちゃんとした食べ物とお酒を出している。それなので、ちゃんとしたものを飲み食いするにはまあこれくらい必要だろうというくらいの値段はする。僕の経済状況を考えると、ちゃんとした食べ物を食べている場合ではないのだが、このお店は素晴らしくて、思ったよりいろいろと注文してエンジョイしてしまった。

 

 隣にいたおっちゃん達もみんな気さくでいろいろと話しかけてきた。「長さん」という定年を超えて働いているお父さんには八丁堀の寿司屋を紹介していただいたが……、あの、頑張って、まともな職に就けたら行きます…! 店主さんは飲食を始めたころのことについていろいろ話してくれて、「4軒くらいに拡大した時期もあったんだけど、俺にはお店をやるうえでのポリシー、どういうお店にしたいかという考えがあって、その部分で増えた従業員と価値観を合わせられなかった」というエピソードを聞いた。似たようなことが自分の知っている範囲でべつに起こっていたので、神妙な気持ちになった。

 

 ひょうきんな感じの大阪出身のかたも非常に話が面白かった。「東京の大学に通っていたんですよ」という身の上話をしたら、「東大?」って聞かれたので(体感だが関西人はけっこうな確率でこの冗談をやる)、つい冗談の望ましい流れに沿って「いやっ…」って言ってしまったんだけど、まったくそれで正しい。「あ、はい、そうです」とつなげて言ったら、冗談失敗のやや気まずい空気が流れた。「大学が東京で~」→「東大?」→「はいそうです」の流れは(おもに関西で)なんどか経験があるが、かなり面白い。東大に行っててよかったと思える数すくない瞬間のひとつだ。

 

 つぎの約束があったので盛り上がりのピークを迎えるまえに店を出てしまった。でもぜひまた行きたいですね。酒も料理も素晴らしく、場の雰囲気も最高のものが作られている。飲み屋好きなら満足できるお店だと思うので、もし気になったかたはぜひ一緒に……、と言いたいところですが、たぶんひとりで行ったほうが楽しめるタイプのお店だと思うので、ぜひ一緒ではなく行きましょうね。どうぞご試しあれ。

 

*1:いまのところそれが僕の人生を難しいものにしている