Welcome to the moon

 

 毎夜、新しいパン人間を焼く。翌朝、昨日の自分を店に並べる。

 …毎週山びこの日に、鍵をかけ忘れる。

 

 「moon」というゲームをやった。1997年に初代プレイステーション用ソフトとして発売された「アンチRPG」という掴みをもつゲームで、コアなゲーマーの間では知れ渡った存在だったという。長いあいだ移植がされず、中古市場で価格が高騰していたが、2019年10月10日にSwitchでダウンロード販売がされることになった。

 

 New Gameをスタートさせると、NHKの朝の子供番組のような優しい、しかしどこか不安になるようなタッチとデフォルメで描かれた紙芝居アニメが始まる。ゲームをしている子供と、やめなさいというお母さん。子供がやっているゲームはドラクエを思わせるような(しかし途中からはFFを思わせるような)RPGで、勇者はアイテムをゲットしたり敵を倒したりしながらクリアへと進んでいく。

 

 そのあと子供はさっきまで自分がやっていたゲームのなかに吸い込まれてしまい、「moon」の本編がはじまる。

 

 戦闘のないRPGで、広くはないんだけどそれでも深さを持った世界を、主人公が歩きまわり、大小さまざまなイベントをクリアしながらラブ♡を集めていく、という作りのゲーム。クレイアニメ風のヴィジュアルはかなりきれい。

 

 もちろん本筋となるお話はあるんだけど、それは示唆される程度で終わる。このゲームの本題は奇妙な「ムーンワールド」という世界と、そこで起こる小さな物語にすこしずつかかわること。集めるのはラブ♡だけど、これは果たしてラブなのか?と疑問に思っちゃうようなイベントも多い。けどそれも多様性で、奇妙な出来事が起こることが幅広く許されている世界のなかで時間をゆっくりと過ごすのは気持ちが良かった。

 

 ゲームの難易度はけっこうあって、どうしたら話が進むのかわからなくなることはけっこうあった。けど、ひとつのイベントで展開に詰まっても、ほかの場所に積み残してきた不思議をまた調べに行ってみよう!という気持ちになったりして、詰むこともゲームの一部として楽しめた。

 

 好きだったのは、キノコの下から這い出てくるカクンテ人たち。シド・ビシャスをキャッチするところ。サボテンに押し上げられてどこにも行けず、柱頭業者として夜を明かしたこと。飼い犬が「召喚」を覚えたところ。ダメもとでオウムに話しかけたら南の島に行けてびっくりしたところ、などなど。

 

 たくさんの物語がどこにも収拾されず、奇妙な世界に散らばっていて、運よく、ちゃんとしたタイミングで居合わせればその物語を見ることができる、という感覚がとても良かった。おすすめゲームです。