陳列棚はいっぱいになった

 


 付近で戦闘があると、僕は直ちに弟たちを呼び集めて作戦会議をする。戦闘の始まりは、気配ですぐにわかる。どんなに訓練された小隊どうしであっても、だれにも気づかれずに戦うなんてことはできないから。しかし戦闘の終わりは、そのときが来るまでわからない。戦闘の当事者であっても、戦闘が終わったってことに気づかないことはよくある。関係のない僕や弟たちは、なおさら、あらかじめ準備をしていないといけない。いつもどおり、スニーカーを腕に縛りつけて眠るように。そう、弟たちに訓示する。

 砲火が途絶えて一時間。僕がささやき声で号令をかけるまでもなく弟たちは布団から起き上がっている。みんな、終わるのが待ち遠しくってしかたなかった。僕や弟たちはそれぞれの部屋の窓から出立する。窓はおおきく外に開いて僕ら兄弟を送り出し、かわりに逆向きに、夜の涼しい風を招き入れる。風の音で母親が目を覚ます。「あんたたち! いい加減にしなさい!」母の声は怒っているようにも泣いているようにも聞こえるけれど、その声に僕らをお家に呼び留める効力はない。父親の怒鳴り声であれば、僕らの足を本能的にすくませることができたかもしれないけれど、と僕は思う。父はずっと前に、制服と帽子を身につけて行ってしまっていた。

 いまだ灯火管制の暗闇のなかにある町を脱け出して、僕は弟たちと行進する。煙の匂いをたどって歩き、それが薄れてくると、こんどはかわりに空がすこしずつ明るくなってくる。戦闘の残り香が朝の冷たい風のなかに消えてしまうころ、現場が目のまえに姿を現した。湿地はキャタピラに掘りかえされたそのままの形で乾燥し、ひび割れ始めている。擱座した装甲車が風景に均衡と構図を与えるように配置されている。足元ではリュックにしがみついたままの格好で兵士が命を落としていて、最後に感じていたものを表情から読み取ることができた。

 弟のうちひとりが兵士のリュックのなかからエイドバッグを取り出した。僕たちはそれを即席の会議にかけるが、始まるまえから結論はみんなの頭にうすうすあった。却下。傷ついた死体の荷物のなかで出番のなかったエイドバックなんてありふれているし、うつくしい見た目をしているわけでもない。散開。号令とともに僕らの輪はほどけ、それぞれの直観に従って散らばっていく。陳列棚を埋めるにふさわしい、戦闘の記念品を探すために。

 戦場は無人だ。僕らは自由に歩き回った。ハッチを開けて装甲車に侵入した。爆発で埋まった塹壕を掘り起こした。銃弾のめり込んだ死体の、ポケットやベルトの裏側をまさぐった。

 お家の陳列棚には、かつて、両親が地域や全国の体育大会で獲得したメダルがびっしりと飾り並べられていた。父親は体操選手で、母親がスキー選手だった。並の選手ではない。素晴らしい成績を残した選手だった。もっとたくさんのメダルを獲得できたはずの選手だった。僕と弟たちは全員そのことを誇りにしていた。戦争が始まり、ある日突然陳列棚は空っぽになった。母さんはずっと家にいるようになり、父さんはずっと家にいないようになった。「あのメダルはどこへいったの?」僕や弟たちは尋ねた。母さんは答えた。「戦争に勝つためにはたくさんの金属が必要なの」

 僕たちは陳列棚を埋めなきゃいけなかった。奪われた誇りを取り戻すために。先日は墜落した落下傘兵の、ポケットに潜んでいた革張りのライターを手に入れ、それを飾った。これで、棚の二段目の半分が埋まった。けれど、まだスペースはたくさんあった。その前は、破壊された陣地のなかにしのびこんで、兵士の首にかかっていたロケットとそこに収まった恋人の写真を鹵獲したのだし、そのその前は処刑された脱走兵の飛び散った腸のなかを探して、宝石の嵌まった指輪をやっと手に入れたのだが、みんなの手が消化途中の便まみれになってしまったのだ。

 ついに。弟のひとりが、カメラのレンズを見つけた。焼き払われた茂みに、墓標のように一本だけ残っていた立ち枯れの木の根元から、透明で、すこしその奥を歪ませて光るだけのそれをよく弟は見つけ出した。会議が開かれたが、見た瞬間に誰もがそのレンズを陳列棚にふさわしいと感じた。僕は弟たちを代表してレンズを光にかざし、レンズは光を集め、僕はそれを胸元に掲げ、その価値と輝かしさを堪能した。満足して、僕と弟たちは歌いながら帰路につく。歌いながら帰路につく。


  付近で戦闘があると
  僕らは
  エプロン姿に長靴を履いて

  バラバラになったバリケードのなかに
  動かなくなった戦車を見つけて
  ハッチをこじ開けて
  絶命した兵士の
  うつ伏せに抱えている
  愛と呼ぶべきものを拾い上げて
  町へ帰る


  戦況は膠着している
  陳列棚はいっぱいになった

  戦況は膠着している
  陳列棚はいっぱいになった