Embers and Envelopes

 

 「エモい」という言葉が感性と語彙力を低下させる、という意見がすこし前にバズった。僕自身は「エモい」という言葉を乱発するタイプなので、その意見に対しては「マジでそれ。どちゃくそわかり過ぎて病む」と思った。物事のそれぞれの良さやニュアンスを十把一絡げにして、ひとつの(そんなに上品ではない)言葉で表して良しとしてしまう風潮に危機感を抱く人の気持ちはわからなくもない。

 

Embers and Envelopes

Embers and Envelopes

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Mae - "Embers and Envelopes" (Official Music Video)

 

 その「エモい」という言葉は音楽のとあるジャンル、emoから来ていると言われている。僕は18から19のころ、好きな音楽のジャンルを聞かれたらemoと答えていた(音楽に詳しくなさそうな人が相手のときは、物知りぶって90’s emoが好きだと答えていたが、90年代のエモがほかのエモとどう違うのかはよくわからない)。けれど、いま正確に答えるならば、僕が好きだったのはemoでも90's emoでもなく、Maeというたったひとつのバンドだけだったのだし、もっと言うなら、Maeというバンドが結成されるきっかけとなった、ひとつ目の曲、「Embers and Envelopes」だけだったんだと思う。

 

 ガラスがクラッシュするような、透明感のある特徴的なフレーズで曲は始まる。かといってつきぬけて青いわけではなく、裏側にはやや苦い音のひずみが聞こえる。「青年期後期」とそのまま名づけて呼んでもいいような奇跡的なイントロだと思う。このイントロができた瞬間「よし、バンドやろう!」となっても不思議ではない。

 

 そのイントロのあと、「落ち着けよ」って背中を撫でて諭してくれる友人のようなタイトなベースとドラム。でも、その2小節が終わったあとは、残り火のようなギターがまた仄かに熱を持ちはじめる。メロ部分では潜行している感情が、サビでは力強く上昇する。けど、その大きな動きのまわりには含羞と抑制がまとわりついていて、そのふたつの力の拮抗が曲にオンリーワンの緊張感を与えている。

 

Embers, we're burning bridges down.
(残り火、僕らは橋を焼き落とす)
Envelopes stuffed with feelings found.
(見つけた感情を詰めこんだ封筒)
To write this down as means to reconcile.
(和解のためにこう書きとめるんだ)

 

 代表的なエモバンドとして言及されていることが多いが、感情を爆発させるような、というよりはそれをギリギリのところで抑えている反対向きの力も働いていて、その絶妙なバランスがとてもエモい。

 

 はじめてプレイリストに保存してから、かなり長いあいだこの曲は夜の最後に聞く一曲だった。はじめてタワーレコードで買った洋楽のアルバムもMaeだった。本当はこの曲が収録されている「Destination: Beautiful」というアルバムが欲しかったんだけどなくて、かわりにMaeのべつのアルバムを買ったんだけどそれはそれほど聞いてない。もちろんほかにもいい曲はいっぱいあるんだけど、やっぱりけっこうこのバンドはこの曲が始まりにしてすべて、みたいなところがあると思う。

 

 その日にはほかにLow Valueというスロベニアのメタルバンドのアルバムも買ったんだけど、なかなか棚から探せなくて店員さんに「Low Valueのアルバムありますか!」と尋ねたら、廉価版アルバムのコーナーに連れていかれて、「ちがいます!」って思った。