上野にある行きつけの理容室に髪を切りに行ったんだけど、いつのまにか予約を取ることが困難な超繁盛サロンになっていてびっくりした。
そのため、キャンセルの規定がちょっと厳しくなったり、別途指名料をもらうようになっていたりと、客観的に見れば使いにくくなってしまったのかもしれないけれど、……主観的には、このお店が繁盛しているということがとてもうれしかった。個人的にもすこし思い入れのある、好きな床屋さんなのである。
開店セールのお得なクーポンにつられて予約したから、はじめてそのサロンに行ったのは、開店して1か月未満、というような時期だったことになる。上野の繁華街から1レベルだけうらっかわに入ったところにある地下のお店で、ヒップホップが好きな兄ちゃんたちが仲間と4人で共同経営しているとのことだった。
「どこ出身なんすか?」「上野よく来るんですか?」「上野だとどこ飲みに行ったりします?」などと世間話をしているうちに同い年だということもわかり、めちゃくちゃ盛り上がるわけでもないけど、なんとなく話しやすい、居心地のいい時間を過ごせた。
そのころ僕は求職中で、このカットの直後に面接を控えていた。そしてこのカットの直前には、立石にあるもつ焼き屋さんで焼酎を二杯飲んできた*1ところだった。話の流れで、まずは「さっきまで飲んでたんですよ」と、つぎにべつの話の流れで「つぎ就職の面接なんで、ちょっと大人しい感じでお願いします」と言った。
そしたら、担当してくれていた理容師さんがとつぜん、「まじっすか? ……ちょっと待っててください」と言ってバックヤードに引っ込んでしまった。なんだろう…、と思って鏡ごしに見ていたら、奥からキンキンに冷えたテキーラとキンキンに冷えたショットグラスを持って戻ってきたのである。「うち、ドリンクフリーなんすよ」
もう、そのあとはほんとうに最高だった。ほとんどのひとが経験ないと思いますけど、髪を切ってもらいながら飲むお酒って、非日常でほんとにおいしくて、しかもドリンクフリーということで何杯も飲ませてくれた。開店祝いに仲間がたくさん買ってくれたらしく、いくらでもあるのでたくさん飲んでくれてかまわないよ、とのこと。
そのあとにあった面接も、……すこし圧迫気味で来られたのだけど、僕はアルコールの作用でこれまでになく勇敢になっていて、質問のすべてに堂々と答えることができた。その場で、「ほぼ内定だよ」みたいなことを言われ、その日のうちに社員さんの机を回って自己紹介までしてしまった。職を得ることができたのである。
帰り道、……このサロンのカット(とテキーラ)のお陰で、面接めっちゃうまくいきました、とお礼を言いに行った。「まじっすか。おめでとうございます。テキーラ飲みます?」と言われたので、本当にこの場所が好きになった。
というわけでそれからは髪を切るときは基本的にはここに行くようにしている。上野で一番熱い場所だと思うし、あと、腕も確かで、終わったらちゃんとかっこよくなる。髭剃りやマッサージなどの施術もきめ細やかで、それを考えると料金も非常にリーズナブルで、素晴らしい。
……そう思っているのは僕だけではなかったようで、またたく間に予約の取れないサロンとなっていた。会計の時にすこしだけ、最初の日に担当してくれた理容師さんと話をした。
別れ際に「またテキーラ飲みに来てください」と言われたので、「また飲みに来ます」と答えた。まちがいなく、ここが上野で一番熱い場所である。
*1:焼酎か瓶ビールしかお酒の選択肢がないお店だったのでしかたのない不可抗力である。