ヤンキーも星は好き~衿沢世衣子『ベランダは難攻不落のラ・フランス』~

 

ベランダは難攻不落のラ・フランス (CUE COMICS)

ベランダは難攻不落のラ・フランス (CUE COMICS)

 

 「散歩の達人」という雑誌が読書特集をやっていて、そこで見かけてちょっとびびっと来たので買って読んでみた。そしたら、とても面白かった。

 ふつうこういうときは、作品が面白かったことよりもそれを選び出した自分の直感の鋭さにほれぼれうっとりしてしまうのだが、この衿沢世衣子さんの短編漫画集『ベランダは難攻不落のラ・フランス』はほんとうに面白くて、自分の直感の鋭さにほれぼれうっとりするのすら忘れてしまうほどだった。

 

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 物語を構成する情報のチョイスや出しかたが上手い、というタイプのストーリーテラーである。物語は真正面からは描かれず、なんの話が展開されているのか読者はちょっと探り探り読んでいかないといけないが、手掛かりは素直に、読み手にやさしく配置されているので、わかりにくい、ということはない。こういった語られかたをする物語独特の、しずかで意味深な空気感を楽しむことができる。

 

 語りはややハイブロウだけど、ストーリー自体は変に着飾ったところがなく、平熱でそれでもハートウォーミング。セリフ回しはややシュールかつ軽妙で、これもよいアクセントになっている。

 

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 とくにおすすめなのは、タイトルのファイナルサードにもなっている「ラ・フランス」というお話。具体的にあらすじを語りたいのですが、これも本当に作中での情報の出しかたがうまく、たぶんストーリーの内容については知らない状態で読んだほうが良いと思います。

 べつにあっとおどろく展開とかがあるわけじゃないし、話自体もものすごく衝撃的なわけではないのですけれど、とにかくとてもなめらかな語りがされていて、語られている事項の配置だけで完璧になってしまっている。

 最初読み終わったときおもわず声を出して泣いてしまった。感受性が強いのでお話を読んだときにはだいたい泣いているんだけど声まで出ちゃったのはひさしぶりだ。

 

 そのほかにも、星と少年と大人とヤンキーを描いた「リトロリフレクター」、日本に戻って来て商店街のなかよし5人組再結成を目指すイギリス人高校生モスを主人公にしたゆる連作コメディー「難攻不落商店街」、ベランダを舞台にはみ出した時間の過ごし方をなつかしむ感じをフラットに描いた「ベランダ」など、名作が目白押しとなっている。

 もし自分の直感にびびっときた人がいれば、ぜひお手に取ってみては。