短い金曜日


「たったいま最高の一行を書いたところなんだ」
同居している作家がそう言ったから
僕たちはすべてを終わらせて散歩に出かけた
河川敷は夜を引きずったままの朝だった
短い金曜日

 

作家はついに死を振り払った鬱病者とすれ違ったが
僕はすれ違わなかった
僕はひとつ世界を守ったばかりのディベート選手とすれ違ったが
作家はすれ違わなかった
僕たちはおたがいに反対のほうへ進んでいたのだ
短い金曜日

 

どうして今日なのだろう
ブルーシートをふたつに折り畳み
わざわざ狭くして座っている四人家族は嘆く
どうしても今日なのです
さっきのディベート選手が
諦めの早さにかけては並ぶものがない若者を説得する
トライアスリートたちだけは
無心のまま川をさかのぼっている
来週に迫る大会は決して開かれないはずだ
短い金曜日

 

鳥は逃げ場所を探し
楽家は玄関チャイムを鳴らす
会計士は三角だけでできた表が
ひょっとしたら作れるのじゃないかと試みる
魔法使いの少女は今日起こることを
ずっと昔から知っていて
その恋人の平凡な少年は
それを教えてもらえなかった

 

天文学者は空を見ない
代読者は文字を読み上げる
教えてもらえなかった少年は平凡な屈辱を感じ
黙っていたということは少女にとって
短い人生の中心のようなものだった
忍者の末裔は谷の隠れ里へ帰省し
内装業者は自室をサウナにする

 

短い金曜日は
お昼の11時で終わることになっている
予測された時間に間に合うように
彗星はすこしずつ近づき
東の空にきらりと姿を現す

 

僕は作家と合流し
最後の数分間を過ごす
世界はきらめきながら終わる
僕は作家に、本当はお前も昔っから知ってたんだろ、って聞く
人間は二種類いて
知っているひとは知っているし
教えてもらえないやつはぎりぎりまで教えてもらえないんだ

 

作家は馬鹿だなあって笑って
「俺も知らなかったよ」と言う
「隕石が落ちる話ばっかり書いたけど、知らなかったよ。間抜けさ」
そのちょうど瞬間に
世界はきらめきながら終わった
短い金曜日