内なる他者に耳を貸すな~ジョイス・キャロル・オーツ『ジャック・オブ・スペード』~

 

気をつけろ! かなり危険だぞ。

 

ジャック・オブ・スペード

ジャック・オブ・スペード

 

 ジョイス・キャロル・オーツさんの『ジャック・オブ・スペード』を読んだ。非常に多作で、そのせいかだれもが作者の名前とペアで思い出すこれ!というような代表作がなく、ポストモダン的な手法を使用し、ノーベル文学賞の時期にはよく名前が挙がる大物作家である、……というくらいの前情報とともに名前は知っていたが、読むのははじめてな作家でした。

 

 裏表紙側のカバー袖に本文中からの長めの引用が書かれているが、そのほかにこの本がどんな内容なのかをアピールする部分はないので、だいぶとっつきにくい。ジョイス・キャロル・オーツ自体、作者の名前だけで本が売れるほど日本でファンがたくさんいる作家ではないと思うので、この本はかなり売れなかったのではないか。

 

クソったれが。私は泥棒ではないし、盗作もしない。誰かに評価を落とされてたまるもんか。

 

 主人公はお行儀のいいサスペンス小説を書く作家であるが、同時に「ジャック・オブ・スペード」という仮名で、衝動的でグロテスクなノワール小説も書いている。そんな彼が、盗作の疑いででたらめな告訴をされるのだが、それをきっかけに、自分の内側から響いてくるダークな「ジャック・オブ・スペード」の声に逆らえなくなっていく。……という感じのお話。

 

 自分は善良な市民であると心から信じている、それと同時に、やってはいけないことをそそのかす内なる他者の声をなぜか振り払うことができない。そういう引き裂かれた精神状態をモチーフにしたアメリカの現代文学はけっこうたくさんあって、そのなかの一作というように位置づけられるのだと思う。抜群に上手く、コンパクトな分量で読みやすいのではあるけれど、この本でしか得られない経験というのはたぶんない。この作品ひとつというよりは、ある潮流の一部を読んでいる、というふうに楽しむのがいいのでしょう。

 

「気持ちが悪いけれどおもしろそう。明らかに『セクシスト』よねーー昔ながらの。この『ジャック・オブ・スペード』ってパパの知り合い?」