恋愛遍歴

 

 角打ちという言葉をご存じだろうか。お酒を売っている酒屋さんの一角に簡単なテーブルや椅子を備えつけて、買ったお酒をそのままそこで飲めるようにしたスペースやそういうふうにしているお店のこと、あるいはその飲みの行為のことを角打ちという。

 

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 そんな角打ちにひさしぶりに行ってきた。どの駅からも歩いて15分は離れている、閑静な住宅街の真ん中にあるお店である。レガシーと化している町の酒屋さん、ではなく、コンセプトが明確で志のある営業をしているとても素敵なお店である。

 

 日本酒を専門にしており、ほかの種類のお酒も置いているのだけれど、それも日本産のものに限定している。最初訪れたときは、僕は西洋かぶれなので「あー、日本のしかないのか。俺はイギリスのスコッチしか舌が許さないんだが…」とか思ったりもしたものだけど、お酒ってたくさんの種類があり、ある程度絞って提供してくれるほうが選びやすいし特別感がある。やっぱり素敵なお店だ。

 

 この日は南大東島産のラムを飲んだ。南大東島というのは沖縄県に属する島であるが、戦前までは大日本精糖という一企業が行政すべてをつかさどっていたらしい。個人的には、友人の友人が親の残した借金を返すために強制労働させられているといううわさを聞いている島である。

 

 テイスティンググラスという、口の部分がすぼまっていて香りをためやすいグラスに注がれていた。グラスには細長い足がついていて、グラスを持ち上げるたびにちいさな氷が転がって風鈴みたいな音を立てていて粋だった。

 

 しずかに飲んでいたら、知らないおっちゃんがやってきて角ハイボールを二杯飲んでいたんだけど、飲んでいるあいだじゅうずっと僕にしゃべっていた。話は基本的に彼の恋愛遍歴で、高校時代にはじめてつきあった彼女から、いまの配偶者のことまで実名顔出しですべてを聞いた。「相手にとって興味のない話はしない」というマナーをわきまえた洗練されたお客たちが集まるようなお店では絶対に味わえない、味わい深い体験であり、これが角打ちの素晴らしいところでもある。

 

 僕は心を持たないロボットなので恋愛はしないのだけど、ひとの恋愛の話を聞くのは好きである。そのおっちゃんは、はじめてできた彼女が友人の彼女だった話や、それを友人に怒られてお詫びとして1000円か2000円払った話、その彼女といい雰囲気になって「して?」って言われたけど童貞だったので「何を?」となってなにもせず、その翌日に振られた話などをしてくれて正直かなり面白かった。

 

 おっちゃんが帰っていったあと、店員さんに「お疲れさま」とねぎらわれた。僕がいなかったらその店員さんがおっちゃんの相手をすることになっていたのでしょう。