基本的にはおなじものが出てくる

 

まあ、料理とかと違って、お酒っていうのはどこのお店に行っても基本的にはおなじものが出てくるわけですよ。もちろん、ハイボールとか、お店で作るものはそれなりに個性が出たりはするけど、瓶から出して注ぐだけのものとかは、どこに行ってもおなじものが出てくる。どんな遠い土地にいて、どれだけ時間が経ってしまって、自分自身や人間関係や職場や環境が大きく変わってしまっても、はじめて飲んだときとおなじものが、変わらずに出てくる。

 通っていたバーで店主にされたこの話をずっと覚えていて、言われていたことをいまでもたまに温めなおしている。そのときに店主が注いでくれたお酒はマイヤーズ*1という名前のラムで、店主はそれを「労働者のお酒」だと表現し、彼自身がマイヤーズをだれかべつの先輩に教えられて、それをよく飲んでいたころの思い出話をしてくれた。そのあと、話をこう締めくくった。「マイヤーズを飲むと、だいたいあの彼のことを思い出す」

 

 思い出話の詳細は忘れてしまったが、その思い出話をされた夜のことをよく覚えている。マイヤーズを飲むときにはそのことをちらっと思い出す。いつ、どこであっても。

 

 基本的にはおなじものなもの、と、基本的にはひとつひとつ異なるもの、が、世のなかにはある。もうすこし前の、工業化社会が成熟し切るまえであれば、ひょっとしたら前者のほうが市場にはありふれていたんだろうし、さらにその前、工業化の前の社会であれば、世のなかにあるものは基本的に後者であっただろう。いまのポスト工業化社会では、前者と後者は、だいたいおなじくらいの存在感を持っているのではないか。

 

 ふだん我々は、どこにでもあるチェーン店で昼食を済ませ、いつでも空いているコンビニで、どこにでも売っている定番化した商品を買う。しかし普段ではないあるときは、期間限定のフレーバーを試したり、観光地でそこでしか出回らない食材を楽しんだり、あるサークルの内側でしか知られていない情報商材を買ったりする。基本的にはおなじものなものと、基本的にはひとつひとつ異なるものは生活の側面を分けあっていて、どちらかというと、後者のほうが洗練された、ワンランク上の消費のような感じがする。

 

 思いついたときにストリーミングで聞ける音源よりも、その会場に赴いて一回きり聞くことのできるライブの音のほうが優れている。おなじデザインのものが大量に出回る既製品より、ハンドメイドの雑貨のほうを好んで使いたい。それは間違いのないことだと思うけれど、最近は基本的におなじものなものを改めて楽しむことにすこし熱中している。

 

 基本的におなじものなものには、いつでも、どこでもおなじという魅力がある。利便性の話をしているわけではない。いつでも、どこでもおなじものを、これまでに何度も取り扱ってきたものをまたいま改めて消費するとき、我々は、これまで消費してきた時間や場所、エピソードのひとつひとつを、繰り返しの厚みをもって消費しなおすことができる。

 

 僕はマイヤーズを飲むたびにあのバーのあの夜の一瞬の会話を思い出すが、タリスカーを飲むと一人の友人とのことを、何度も何度も夜を徹して行われたおしゃべりを思い出す。ほかにも、堅あげポテトやラ王を食べるたびに、高校時代に同じ寮に住んでいた同級生を思い出す。場に堅あげポテトが出てくるたびに毎回「堅あげポテトはブラックペッパーがいちばんだよ」と面白くもない商品への持論をずっと話していた彼のことを。同じ寮に住んでいたメンバー全員でひとつずつラ王を買って(それでちょうど期間限定のものを含めて全フレーバーがそろった)彼への誕生日パーティーの最大の出し物にしたこと。

 

 最近あったひとは、ラブライブ!のキャラを見るたびにセブ島のことを思い出すと言って、何度も何度もおなじことを話したであろう流暢さでそのときのエピソードを話してくれた。そのときなにがあって、どう思ったかということを。べつのひとはココイチのカレーを食べるときに。またべつのひとは、The kooksの「Naive」を聞くたびに。

 

 思い返すだけではなくその逆のこともできるのだと思う。基本的にはおなじものが出てくるような商品を消費するときに、きょうここで、この品に思い出のタグをつけてやろうと思うことがある。アメリカンスピリッツにまつわる思い出でつよく記憶に残っている友人*2との飲み会に、今度はアメスピに加えてアードモアレガシーを揃えた。アードモアを飲むたびに思い出したくなるような楽しいおしゃべりが、今日できるんじゃないかって期待して。ユニクロヒートテックを買うときにも、新幹線で新青森に行くときにも、旅先のブックオフで暇つぶしの本を探すときにも、ありふれたものを間に合わせで、以上のなにかを待ち受ける態度でいたい。

 

 基本的にはおなじものなものはいろいろなところに置いてあって、ふいに出会うことができる。そのときに辿れるようなタグを増やすことが、いまのところの大きな楽しみになっている。スーパーマーケットでお菓子の棚を歩きながら、このひとつひとつにそれぞれの思い出があったらどれだけ素敵だろうと想像したりする。

 基本的にはひとつひとつ異なるものは消費のし甲斐があって楽しいけれど、基本的にはおなじものが出てくるものも、それはそれで滋味深い、懐の深い楽しみかたができるのではないでしょうか。

 

 

*1:さらに正確に言うと、オリジナルダークという副題がついているほう。見たことないけれど、プレミアムホワイトと書かれた銘柄もあるみたいですね。

*2:井の頭公園で俺ら手に入れたHappiness - タイドプールにとり残されて