傑作はひとつだけ~岩泉舞短編集『七つの海』より「七つの海」~

 

 連載作品なし、短編集となる単行本1冊、…そのあとの活動はなし。その経歴ながら週刊少年ジャンプの歴史に名前を刻んでいるひとりの漫画家がいる。

 

 岩泉舞さんの短編集『七つの海』はマンガ図書館Zというサイトで読むことができる。上記のリンクは『七つの海』の表題となった作品、「七つの海」につながっている。

 

ぼくは大人になりたくなかった。――ぼく、十一歳

じいちゃんは子共のころに戻りたかった。――じいちゃん、七十八歳

 「あなたの様な勇気ある少年を探していました」、高貴な女性にそう告げられるシーンからはじまるこの物語は編み物のように複雑な展開を繰りかえす。5ページ目で、冒頭のシーンは主人公のおじいちゃんがやっているTVゲームのなかの話だったことが分かる。主人公は現実逃避しがちな、気弱な男の子。アトピー性皮膚炎を患っていて、保健室の先生に淡い恋をしている。ある日、「ぼく」のじいちゃんだと名乗る、同世代の男の子と出会う。

 

行くな!! 「七つの海」なんて作り話だ!!

 僕のよく行っている(そしてたまにスタッフをしている)バーで、一緒になったお客さんたちによくお薦めされたのがこの漫画だった。薦められた作品は絶対に読まないという性質が僕は基本的にあるのだが、カウンターに立っていたときあまりにも暇だったのでこれは読んでしまった。そしてとても面白かった。

 

 物語を作るのがうまい。11歳の少年が、ひとつだけ大人になる。基本的にはそれだけのお話なのだけど、子供の姿になって表れるおじいちゃんとの関係、保健室の先生に抱く淡い感情、漢字の書き取り、ゲームと現実の世界のリンク、アトピー性皮膚炎……、あげられないくらい多様なモチーフを、コンパクトにひとつのお話のなかにまとめ上げ、組み合わせが最大の効果をもたらしている。さらに、クライマックスには物語的なサプライズがあり、さわやかな余韻を残して終わる。

 

ぼくは ドキドキする

 本当にすごい。奇跡的な一篇だと思う。

 

 これを僕に強く勧めてくれたかたは、この「七つの海」が週刊少年ジャンプに掲載されたときに読んで、その印象が何十年たっても強く残っている、と言っていた。本当にそれだけの強度と普遍性を備えたまれな作品だと思う。この短編集にあるほかのいくつかの作品も、もちろん普通に読むには十分面白いんだけど、「七つの海」の普遍性に到達しているものはない。

 

 岩泉舞さんはほとんど作品を残さなかった。しかし結局のところ、作家の人生に傑作はひとつだけで十分なのである。ふたつ以上あるのも、べつに悪いことじゃないんだろうけれど。