『帰れない山』

 

帰れない山 (新潮クレスト・ブックス)

帰れない山 (新潮クレスト・ブックス)

 

 

街の少年と山の少年 二人の人生があの山で再び交錯する。山がすべてを教えてくれた。牛飼い少年との出会い、冒険、父の孤独と遺志、心地よい沈黙と信頼、友との別れ――。北イタリア、モンテ・ローザ山麓を舞台に、本当の居場所を求めて彷徨う二人の男の葛藤と友情を描く。イタリア文学の最高峰「ストレーガ賞」を受賞し、世界39言語に翻訳された国際的ベストセラー。

  アマゾンの商品ページから内容紹介を引用した。このレーベル(新潮クレスト・ブックス)から出ている他の本とおなじように、背表紙カバーや、カバー袖に外国紙や日本の評論家の手による紹介文が載っているが、どれもこの内容紹介とおなじようにふわっとしていてつかみにくい。

 僕も「いまいち惹かれないな~笑」と思いながら手に取ったのだが、その回は「いまいち惹かれない本を読もう!」という個人的なキャンペーンの回だった。キャンペーンがあるとはいえ惹かれないことに変わりはないので、手元でずっと放置していたが、ここに来てようやく読むことにした。最近サバイバルものにはまってて『世界のどこでも生き残る 異常気象サバイバル術』という本を読んだばかりだった。サバイバルに役に立つ小ネタとかを知ってたら話のネタになって面白いんじゃないか? という軽い気持ちで手に取った本なのだけど、内容は「災害セットをしっかりと準備しよう」「家族で災害時の行動について話しあおう」などといった非常にまっとうでだからこそなかなかできない、耳が痛い真面目な防災本だったので自分の軽い気持ちを反省した。

 

 ブルーノとピエトロ、そしてピエトロの父親という三人の男の物語である。第一部は少年時代。語り手はピエトロで、ミラノからグラーナという山村にやってきてそこで牛追いをしていたブルーノと仲良くなる。ブルーノはピエトロの家族同然となり、ピエトロパパ、ブルーノ、ピエトロの三人で氷河を横断する。第二部は青年時代前半、ピエトロは父からグラーナ村の山の土地を相続し、山に残って暮らしていたブルーノといっしょに手作業でそこに家を建てる。第三部は青年時代後半。ブルーノは伯父が放棄した高原牧場を買い戻し、経営に奮闘するがやがて立ち行かなくなり破産する。持ち物を失ったブルーノとピエトロは手作業で立てた小屋で冬の日々を過ごす。

 

 というのがおおまかなあらすじ。ほかにもいくつかおおきなイベントは起きるが、ドラマを求めて読むようなものではない。時間がゆっくりと、容赦なく経過し物事が遷移していく、その遅さを楽しむ小説である。ぱっと読んでわかる特徴があまりないので、売り文句を作るのは相当大変だったと思われるが、そんな理由で埋もれるのはもったいない作品だった。

 

 小説において遅さはしばしば退屈さと見分けがつかないものになるが、『帰れない山』ではすくなくともふたつの美点が、退屈だという評価から自身を遠ざけている。

 ひとつがそれぞれのエピソードの描かれかた。山で生きることを好む、あるいは山でしか生きられない人間の、日々の生活の作業を描いているという感じ。自給自足生活へ密着する落ち着いたドキュメンタリーを見ているときとおなじ満足感がある。書きかたとしては、特別美辞麗句を重ねているというわけではないのだけど、かわりに、自分の書いていること(山での暮らしやそのなかで触れるもの)についてしっかりとした実感つきのビジョンを持っていて、それを正確に描くことに成功している。その人の書いているものに対するコミットメントの深さをうかがえるような文章はやっぱり読んでいて心地がいい。

 もうひとつは、物語の最後のエピソード(詳細はネタバレになるので省くが)。ドラマティックではなく、淡白に描かれている物語全体のトーンが最後のエピソードにひとつの効果をもたらしている。短くて遅い物語はなかなか終わらせかたが難しいと思うんだけど、その効果もあってかきれいな終わりかたになっている。

 

 さらにもう一点。ヨーロッパ文芸フェスティバル2018で行われたこちらのインタビューで、作者自身によってこの作品は「男性ジェンダー」についての物語でもあることが示唆されている。

 たしかに、言われてみればそれはそうな気もしていて、この物語は外観上は、クラシカルな「男vs自然」の類型を持っているんだけど、ただクラシカルなわけではなく、逆にあるていどジェンダーについての問題意識をもっている人が、一周まわって類型的な「男」のお話を書いているような感触があるのはちょっとわかる。