Earthbound

 

 僕には単語フェチというのがあって、なぜかはわからないけれどこの単語について考えることから逃れられないような、吸引力を感じる単語たちが僕にとってたくさんある。おなじフィーリングを感じてもらえるかはわからないけど、すこしずつ紹介していくことにします。

 

 Earthboundという単語がそのひとつ。形容詞で、だいたい以下のような3つの意味を持つ。

 

Earthbound

1.地に固着している。地表から離れられない。

2.世俗的な。現世的な。散文的な。想像力のない。

3.〈宇宙船などが〉地球行きの。地球に向かっている。

 

 この良さをおわかりいただけるだろうか? まずすごく良いのがこの類推による意味の展開のしていきかた。おそらく一番目の「地に固着している」というのがこの語の本来の意味だと思われる。Earth(地)+Bound(縛られた)なので、そのままといえばそのまま。

 このやや特殊な状況を表す形容詞は、その意味の特殊さゆえに、どういうことを表現するときに使われるのかがなんとなく推測できてしまうのが面白い。用例を調べるまでもなく、An earthbound bird(飛べない鳥)、Floating spirits and earthbound spirits(浮遊霊と地縛霊)といった言いかたがすぐに頭に浮かぶ。そもそも地球上にあるものはだいたい(地球には重力があるので)地面に縛りつけられている。それが問題になるような状況で、あえて地面に縛り付けられているってことを指摘してそれをEarthboundと表現されると心憎く感じてしまう。

 

 そこから発展していく二番目の意味がまた良い。日本語の感覚としては「地に足がついている」という感じが近いのかな? 世俗的な、現世的なというのは褒め言葉として使われることもあるし、実際に使われている場面においても、すくなくとも形容する対象のその特質を否定しているということはないだろう。でも、どんなに好意的に使おうとも、「想像力のない、面白みのない」というようなネガティブな印象を抱いているんだなって感覚はぬぐえない、そういうアンビバレンスがある。

 散文的、というのも面白くて、じゃあ韻文的なものは地に縛られてはいないのか、って思っちゃう。

 

 そこに追加されるのが、上のふたつとは来歴の異なる三番目の意味。Bound for ~ で「(行き先)行きの」という意味になるということは教科書にも載っているので多くの人が知っていることだと思う。その類推でEarthboundというのは「地球行きの~」という意味にもなるらしい。しかし、なにかが「地球行き」になるためにはそれは地球から離れていなければならないので、この語はここに来て、「地に縛り付けられた」という最初の語感とはまったく反対の事態を示すことができるようにもなった。素晴らしい。

 しかし、この三番目の意味を見ていつも思うんだけど、これをこの意味で使っているひとは果たしてこの世にいるのか? 国際宇宙ステーションで働いている宇宙飛行士たちはこの言葉を使ったりするんだろうか? 「明日、地球行き(Earthbound)の便が来るね!」って。まったくの予想だけど、使ってないと思う。

 

 じゃあこの意味はなんのためにあるのか。この三番目の意味のことを考えるときに頭に浮かぶのは、おそらく僕が経験することはできないであろう遠い未来の光景。月には、コペルニクスでもクレオメデスでもザルカーリーでもなんでもいいけど、とにかく過去の偉大な天文学者の名を冠した都市が建設されていて、月と地球は10分に1本の高速便で連絡されている。僕は出張で月に行って、駅前の商店街にある飲み屋で月ビールや月ウィスキーを飲んでいる。カウンターで隣に座ったおっちゃんと楽しく話す。時間は過ぎて、「地球行きの終宇宙船(the last earthbound spaceship)、そろそろなんで、お会計お願いします!」そういう遠未来の会話のために、現在のうちから準備されている言葉なんだと思う。

 

 それぞれの意味もそうなんだけど、この単語の3つの意味のアンサンブルもとても美しくて、ちょっと昔に、それを動機にしたボーイミーツガールの短いフィクションを作ったことがある。舞台は人類が居住圏を太陽系に広げた遠未来で、主人公は家庭の事情で火星に引っ越してきた男の子で、火星の人間関係になじめず孤立する。彼は地球が恋しくて、火星にあるものはぜんぶ地球にあるものの劣化コピーのように見える。彼のクラスには地球オタクの変わり者の女の子がいて、とあるきっかけで彼のことを気にするようになる。「地球と火星のなにがそんなに違うんですか?」「君には僕が、小さい考えに囚われたつまらない人間のように見えるんでしょうね」ふたりは夏休みに地球旅行を計画する。運よく「"方程式"法」(Equations Act)が議会で可決されたばかりで、宇宙船には密航者保護のための余分の物資を積むことが義務化され、それを利用したヒッチハイクが太陽系規模で盛り上がりを見せていた。ふたりは手ごろな宇宙船の貨物室に乗り込み、Gに耐え、月の電離層を越える――。その先には船を間違って冥王星まで行ったり、宇宙海賊に捕まったり、小惑星に漂着して責任をなすりつけあう大喧嘩をしたりといくらでも展開は考えつくけど、そのときはとりあえずこのあたりでオープンエンドにしておいた。

 

 ちなみに、この語は学校で習うような語ではないが、固有名詞としてはけっこう使われていて、たとえば任天堂のゲーム、「MOTHER2 ギーグの逆襲」の海外版の題名として最も広く知られている。(なぜか初代MOTHERやMOTHER3は海外版でもそのままなのに、「MOTHER2 ギーグの逆襲」だけ名前が違う)。また個人的におなじ名前を冠しているミュージシャンを知っていて、ひょっとしたら音楽に関係のある語なのかもしれないと思って調べてみたら、キング・クリムゾンのライブアルバムのタイトルにもなっているらしい。僕だけではなく、いろいろな人の想像力を刺激してきた単語のようで、探せば用例はほかにもたくさんあると思われる。