人生の休み時間に聴くような

 

 アメリカ、ミシシッピ州ジャクソン出身のミュージシャン、Dent Mayさんの曲をいまずっと聴いているところだ。

 このパステルカラーが似合う、ロングヘアーの丸眼鏡、……ぜったいに、毒にも薬にもならないような、人生の休み時間に聴くのがちょうどいいような、けど、聞き流しちゃうことはできなくて曲のちょっとした引っ掛かりにはっとなってしまうような、そういういい曲を作ってそうな感じではないか。

 

 そのとおりである。「デント・メイと彼の見事なウクレレ」というおどけた名前をつかってデビューしたアルバムの名前はなんと「The Good Feeling Music of Dent May & His Magnificent Ukulele」。その名前どおりのいい気分な、ドライさやシビアさとは無縁の心地よい楽曲が詰まったアルバムとなっていた。

 

 2ndアルバムの時期にはウクレレネームをやめ、ふつうのDent Mayさんになってしまうが、そういうふうに正気に返るのもやや面白い。

 

 その時期の、ややサイケデリックになったこの曲は休み時間のマスターピースですね。けだるくてゆるいけれどやけになつっこいイントロも素敵だし、だらーっと、でも聞きようによっては神々しく歌いあげる動きのすくないサビのメロディーも魅力的。

 泣けもしないし、鳥肌も立たないけれど、……ゆったりと空間に流していられてそれがすごく楽しい。この「Best Friend」のようなそういういい曲が世のなかにはもっと必要ですね。

 

 3rdアルバム「Warm Blanket」からはこちらの名曲をご紹介したい。さっきまでの調子とはちょっと変わって、シリアスなポップソングとなっている。しかしあいかわらずメロディーは美しいし、聞いていて楽しむための音楽になっている。

 それに、伏流になっていたDent Mayさんの本性が一瞬地上の流れになるみたいに、間奏になるとちょっとゆるさを取り戻す。滝のそばでゆるいダンスをするなよ。かわいい。

 

 ビートルズの楽曲をもじった「Across the Multiverse」はそれが収録されている4thアルバムのタイトルにもなっている。この曲は、ゆるいポップソングがその形のなかで到達しうる、つぎの次元の普遍性を獲得していて、はじめて聞いたときは泣いたし鳥肌もたった。

 人生の折々に、思い出しては聞き返す、自分にとって大事な曲になるだろう。

 

 ホテルをモチーフにした5thアルバム「Late Checkout」がリリースされたのが、直近の8月21日でした。この曲もけだるげなギターのイントロが素敵ですね。隙のないきれいなポップソングですことわ。

 

 日本語の情報を調べていたところ、この人について書いたnoteがあり、そこにDent Mayさんによるとあるツイートが紹介されていた。いい曲を書いたと思ったらWeezerの「Island in the Sun」だったらしい。これがちょっと面白い、……面白いというか、これはもう、これが言えちゃう立ち位置なのがずるいですよね。ずる面白い。

二度とサッカー観ない

 

f:id:kageboushi99m2:20200909213533p:plain

 これで公式戦8試合勝ちなしとなった。その8試合も田中駿汰選手が退場した清水エスパルス戦、6-1で粉砕された(川崎に粉砕されるの何度目だよ)川崎フロンターレ戦、なんの根拠もなく「決勝まで行こう!」と息巻いていたがPK戦でふつうに負けたルヴァンカップ横浜Fマリノス戦、……そして堅いチーム相手にアグレッシブスタイルで挑んで、こっちの攻撃は点につながらないのに、ミスをつかれて失点はきっちりして負ける(しかもきれいに2点取られる)サンフレッチェ広島戦、セレッソ大阪と観てきてなんか泣きそうになってきた。

 

f:id:kageboushi99m2:20200909214259j:plain

 もちろん、泣くほど悲観することはないのである。

 「内容はいい感じ」だと、選手たちや監督はしきりに口にしている(プロの選手や監督らがそういうのならそうなんでしょう。積極的に否定する材料はない)し、そもそもこのシーズンはコロナの影響で降格がないので順位は正直何位でもいい。

 し、それをいうのなら、あるサッカーチームのある年の順位や勝ち負けが僕の人生において重要であるということは一切ないのである。北海道コンサドーレ札幌とかまじでどうでもいいし、ぜんぜん僕とは関係ない。本当に知らん。

 

f:id:kageboushi99m2:20200909214550j:plain

 理屈で考えると「いま悲しい」という立場を支持する材料はひとつも出てこないので、理性的に生きる人間のひとりとしていま悲しんでいるこのこれをできればやめたい。やめたいと思っているのだけど、なかなかコントロールするのが難しいものですね、感情って。

 

 先日あった試合でみつかった、いくつかのいいところをふりかえりながらこの日記療法を終えたい。

 

  • ドウグラスオリヴェイラ選手の戻るディフェンスは(空回りしているところもあったが)おおむねよかった。ボールがイーブンになりそうなところ、とかを狙って戻っている感じがありましたね。
  • キム・ミンテ選手がCBとしての信頼をつかんでいそう。多少ビルドアップの面で劣っていても、このスタイルで中央に後ろに走って戦える選手がいるのは心強い。
  • ジェイ選手の「引退は札幌で」コメント。コロナで家族に会えずにホームシックになっていたり、という報道は心配だったのでうれしい。出した弾幕は素晴らしかったと思う。
  • ウィングバック金子拓郎選手は「降格人事」というのに近い扱いだとは思う。けど、大外から内側裏へのフリーランとかは(戦術的には注文上にある動きなのかはあやしいが)生き生きしていて良かった。この動きで結果が出るようになれば、金子選手から逆算したチーム作りというものもできるようになってくると思う。主役になれる。

 

火になるまえの火~ペーテル・テリン『モンテカルロ』~

 

一九六九年五月十二日の早朝、モンテカルロで起きた不運な出来事については諸説あった。冬のように寒く、冷え冷えする朝だった。複数の通信社と地元紙のカメラマンたちが現場に駆けつけ、フィルムを何本も使い切ったが、真相を解明する写真は一枚もなく、どれもまったく証拠にならなかった。

 ペーテル・テリンさんというかたの書いた『モンテカルロ』という小説がとても面白かった。ベルギーにおけるオランダ語文学の「現在」を紹介する「フランダースの声」というめちゃくちゃニッチな海外文学レーベルで、現在まで3冊が刊行されているうちの1冊である。

 発行している出版社は松籟社。海外文学好きの命をささえている偉大な会社である。

 

「何とでも言えるさ。俺はその場にいなかったんだ。奴がデーデーをかばうところを見ちゃいない。お前たちはどうだ?」

 モナコ公国モンテカルロ。そこで開かれたF1レースで爆発事故が起き、人々に愛された特別なタレント「デーデー」が事故に巻き込まれてしまう。彼女の容姿をやけどから救ったのは、その場に居合わせたイギリス人の整備士ジャック・プレストンだった。

 彼は背中に大やけどを負うが、一命はとりとめる。そして生まれ育ったイギリスの田舎で、発言力のあるデーデーが「私の命を救ったのはとある整備士、――ジャック・プレストンさんです」と皆に宣言してくれるのを心の底から待ち望んでいる。

 

 ……という「人知れず勇敢なことをした名もない男が、命を救った当人にその行為をアナウンスしてもらうことで、報われたいと願い続ける」のを不穏なタッチで162ページくらい書いているお話なのですけど、これがとても面白かった。

 目のつけどころが不思議ですよね。「人知れず勇敢なことをした名もない男が、命を救った当人にその行為をアナウンスしてもらうことで、報われたいと願い続ける不穏な話」なんてだれが読みたいんだって感じだけど、実際目の前で語られてみると、先が知りたくて、結局この人たちがどういう結末にいたるのかを見届けたくなる。

 

この瞬間に、オーバーオールと荒れ狂う熱は隣り合わせに接しており、拮抗している。まだ火にはなっていない、その火。

 文体も非常に特徴的で、『モンテカルロ』という作品の欠かせない一部となっている。平均すると見開き2ページ分に届くかとどかないくらいの分量の短い章が繰り返される形式になっていて、章が変わるたびに場面や視点人物が変わる。そんな章のまとまりが3つあって、全体としては3幕構成となっている。

 その形式の力がいちばん発揮されているのが、最初の幕、デーデーをジャックが救うことになる爆発事件を描いた部分でしょう。さまざまな視点から、時間を切り貼りしながら、しかしそれぞれの場面単体ではシチュエーションの完全な見通しを得ることのできない、「藪の中」的な構成がされていて、どの章にもすごい緊迫感がある。

 全体的にわかりやすさを出し惜しみするタイプの小説で、これ以降もわりと切れ目なくどの部分も注意深く読まないと話がわからなくなってしまうのだけど、「そういう本ですよ」ってことをはっきりとまとう緊迫感で示して見せた最初の幕の功績はでかい。

 

 事件の緊迫感を表すのは、爆発の一瞬まえ「火になるまえの火」の描写である。すでに、ことが起こってしまい、この後に起きることもひととおり準備されてしまったあとの一瞬なのだけど、わずかな気配と匂い以外には、それまでと何も変わらない一瞬のように、未来がまだ開かれている一瞬にように思える。

 最初の幕ではそういうことが中心的に描写されていて、最終的にはそういった「もう火はついちゃってるんだけど、まだ未来が開かれているように見える一瞬」といったモチーフを描くために書かれた小説のように読めた。

 

モンテカルロ (フランダースの声)

モンテカルロ (フランダースの声)

 

 とても読んで損はない、オリジナリティのある一冊ですが、有名な作品ではなく、たぶん今後も日本で有名になることはない作品だと思われる。この機会しかたぶんないと思うので、ぜひ手にとってみてはいかがでしょうか。

西瓜糖 ほか

 

西瓜糖

 人気ボーイズ・グループ、ワン・ダイレクションのメンバー、ハリー・スタイルズさんのこの曲を聞いていた。「Watermelon Sugar」というと、やっぱり文学が好きであるところの僕はちょっと気になってしまう。

 リチャード・ブローティガンの本はやはりそれなりに読んでいて、最初に読んだ『アメリカの鱒釣り』といくつかの詩以外のものは、あまり良さがよくわからなかったのだけど、良さがわからないなりにながく心に残る作家だった。

 

 この曲は「watermelon sugar high」と何度もコールする、シンプルでややダウナーながら中毒性のあるサビが特徴的。後ろで鳴っている、野生感のありながらもこもこしているベースラインがけだるさを盛り上げていると思う。いい曲ですことわよ。

 

ブリュースターがPK失敗したときのファン・ダイクの表情

 コミュニティーシールド*1のハイライトをなんとなく見ていた。対戦チームはリヴァプールアーセナルで、南野選手がイングランド公式戦での初ゴールを決めたが、結果は1-1のドロー。PK戦が始まった。

 そのPK戦でブリュースターという、(たぶん)デビュー戦くらいの若者がキッカーになったのだけど、外してしまう。その直後、外してしまったとわかったときのファン・ダイクの表情がすごかった。

 

f:id:kageboushi99m2:20200905173107p:plain

https://www.youtube.com/watch?v=28eDNHUp-9c

 歯がゆさ、悔しさ、どこにもぶつけることができない内側から湧き上がってくる爆発。顔面の上という限られた空間では受け止めきれないものが広がっている。こんな表情をした人間が、はたしてこれまで存在しただろうか?

 

f:id:kageboushi99m2:20200907210506g:plain

 時間の幅のなかで見てみると、この表情のディテールがさらに浮かび上がってくる。感情の震源地は心臓(ハート)で、それがのど元、唇、鼻の後ろ、目と順々に伝播していくのだ。

 この表情ははやく絵文字にしたほうがいいと思う。オンラインでやり取りするラインナップにこの感情は絶対必要でしょう。

 

「Road to ロマンスポルノ'20〜REUNION~」

 ポルノグラフィティ21周年ということでした。おめでとうございます。12月に配信ライブをすることが発表されて、配信ライブはさすがにみないだろうなと思いながらも、終わったあとはいろいろと、通信環境を整える手段などを考えてしまっている。

 12月かあ…。遠い未来のように思えてしまうけれど、気づいたら来ているのでしょう。楽しみにしています。

*1:そういう名前の試合がある。

短歌 18

 

風船に手を繋がれて九歳の僕父親を亡くしたばかり

 

 

おくすりは天使の声でいいました「朝夕二回食事のあとで」

 

 

動かなくなったルンバを捨てにいく甘い香りのする風の夜

 

 

しあわせは暖炉みたいに放置されときどき子供の覗きこむだけ

 

 

動きだす夜の明かりは自動車だ次が来るまで目を閉じていて

 

 

兵士らが一瞬のうちにすることもゆっくりとしよう 病棟だから

 

 

僕たちは家族写真を撮るときにいつでも誰かが足りずにぱしゃり

推し(μ's)にカバーしてほしい推し(ポルノグラフィティ)の曲を考える 9

 

西木野真姫

f:id:kageboushi99m2:20210710031515p:plain

 

1曲目 愛が呼ぶほうへ

 ラブライブ!TVアニメの2期13話、卒業式のお話では、「愛してるばんざーい!」という曲を合唱のようにして歌うシーンがある。そこでピアノ伴奏をしているのがこの西木野真姫さんである。

 であるからして、西木野真姫さんにカバーしてほしい曲を考えるにあたっては、そういうテイストの曲も入れておきたい。ポルノグラフィティで、ピアノのシンプルな伴奏+合唱という演奏形態が似合い、かつ実績もあるのは、……そう、「愛が呼ぶほうへ」ですね。

 

 西木野さんはちょっとくせを作って歌うことが多い……、という印象があるのだが、たぶんこの曲はあんまり格好をつけずにふつうに歌ったほうが良い。その辺の歌唱ワークを期待している。

 

2曲目 オレ、天使

 逆に独特のくせが映える曲といえばこれなんじゃないでしょうか。若く、全体的に気障ったらしい、そこがキュートな曲でいまでもファンはもちろん、そしてバンド本人にも愛されている。真姫ちゃんにもぴったりなのではないでしょうか。

 先ほど本人にも愛されている、といったが、「本人にも(一部分を除いては)愛されている」というのが正しいかもしれない。このspotifyの音源を聞いてびっくりしたんだけど、オリジナルにはあった、始めと終わりの部分の「語りパート」がカットされている。

 

ああ。……オレ天使

そう、エンジェル

神様が言うには、人間を幸せにするのが俺の仕事なんだってさ

 いま思うと恥ずかしい内容なことこのうえなく、実際近年のライブでは本人も語り部分はやっていなかった(逆に初期のライブではちゃんと語り部分もやっていたのだが…)ということもあるが、まさか、サブスク化の段階でひっそりと削除されているとは……。

 と思っていたら視聴環境の問題だったっぽく、アプリではなくブラウザ版を聞いたらちゃんと語りが入っていた。どういう仕組みなのだろうか。

 

 この語りの部分が一番かわいかったりもするので、西木野さんには問題なく、めちゃくちゃ語ってほしい。

 

3曲目 Zombies are standing out

 世界観があって、英語と日本語を行き来するような歌詞で、やや大仰な語彙を使いつつ、音的にはちょっとメロディックメタルな感じ、……ラブライブの楽曲で言えば、西木野真姫さんがセンターを務めた「Music S.T.A.R.T!!」のような曲もカバーしてくれると非常にうれしいですね。

 ファンシーでテーマパークな「Music S.T.A.R.T!!」と、ちょっとダークな雰囲気を演出している「Zombies are standing out」は、曲としては微妙に別物だけど、こういうのが西木野さんのレパートリーにあっても良いのではないでしょうか。

スプレゴとヨカ

 

 Wikipediaの「落書き」というページを読んでいたら、このような記述に行き当たった。

 

1990年代より米国のヒップホップカルチャーに憧れを持つ青少年層がタギングによる縄張り宣言行為を行うことから社会問題として度々新聞に取り上げられており、これらも市民有志に拠る除去活動も見られる。大阪では「ヨカ」と呼ばれるマークが、東京では「スプレゴ」という第三者には意味不明な汚損行為が続いており、これらを真似て書くことのファッション化傾向が見られる。

落書き - Wikipedia

 ここに出てくる「スプレゴ」と「ヨカ」というのがまったくの初耳だったので、ちょっと画像検索してみたら、これがなかなか良かった。

 

f:id:kageboushi99m2:20200905185950p:plain

f:id:kageboushi99m2:20200905190215p:plain

 もうすこし、悪い意味でかっこよく書かれているタグなのかと思っていたので、この気の抜けた感じ、かわいい感じが刺さった。いいじゃないか、この落書き。「スプレゴ」は濁点・半濁点の位置が、「ヨカ」はくっついていてひとまとまりの未知の記号のようにも見えるのが非常にかわいい。かわいくて謎めいている、ってとても素敵じゃないですか。

 

 もうすこしインターネットで調べてみたが、だれがなんのために書いているのかは不明な模様。情報の多くが、2000年代後半~2010年代前半にかけてのものであり、現時点ではアクセスできないものも多かった。「スプレゴ」はsuperego(=「超自我」と訳される、フロイト精神分析の専門用語」)をローマ字読みしたものではないか、「ヨカ」は同名のグラフィティライターのことではないか、といったうわさは見つけることができたが、はっきりとしたことはわからない。

 

 わからない分、よけいに「スプレゴ」「ヨカ」という文字列が好きになってくる。どちらも意味不明だが、たんに意味不明なだけではない。謎がかかっているが、それは解かれるのを待ち受けているような謎にも見えて、こちらを突き放すのではなく逆に惹きつけるような愛嬌がある。

 作品の素材としても使えそうではないだろうか。マンガのひとコマにこれが隠れていたらかっこいいし、架空のキャラクターや組織の名前の由来にしても良いと思う。いや、架空のものに限らないな。子供ができたら、男の子だったら「スプレゴ」女の子だったら「ヨカ」という名前にしようと思います。

 

 現時点で東京や大阪の街におなじ落書きが書かれているかどうかもわからない。(僕は個人的には見たことがない。……たぶん)もし、見たよ、とか、自分で書いたことあるよ、といった人がいれば、非常に気になるのでぜひ教えてください。喜びます。

 

 この「落書き」、というページにはほかにも、「ファミコンカセットのROMデータに書き込まれていた愚痴」とか「アンコールワットの侍の落書き」とかけっこう無秩序にいろいろなことが書かれていて面白い。Wikipedia的に良いページではないと思うが、なかなかおすすめのページです。眠れない夜のおともなどにどうぞ。

 

f:id:kageboushi99m2:20200905192859j:plain